『エル ELLE』 倒錯した精神性
ポール・ヴァーホーヴェン監督の悪女ものといえば、どうしたって『氷の微笑』を思い出してしまう。でも『エル(原題:Elle)』は、面白さでもサスペンスでも変態度でも『氷の微笑』より一回り上。『氷の微笑』がハリウッド製エンタテインメントだったとすれば、『エル』はエンタテインメントでありつつ作家性を感じさせる作品になっている。その理由は、ヒロインがただの悪女でなく、その生き方から倒錯した精神性が匂ってくるからだろう。
冒頭、暗闇のなかで鋭くガラスが割れる音がする。画面が明るくなると、いきなりショッキングなレイプ・シーン。パリの高級住宅地に住むミシェル(イザベル・ユペール)がダイニング・ルームで黒覆面の暴漢に襲われている。暴漢が去った後、ミシェルは事もなげに割れたグラスを集めて捨てる。その冷静さが普通ではない。
場面が変わるとミシェルの仕事場。彼女はゲーム会社の社長をやっている。若いスタッフが開発中のゲーム(モンスターが女性を襲う)に、ミシェルは冷たくダメを出す。スタッフには権力者であるミシェルへの反感が感じられる。ミシェルは元夫のリシャール(シャルル・ベルリング)、共同経営者のアンナ(アンヌ・コンシニ)、アンナの夫のロベール(ミシェルは彼と不倫の関係にある)と食事しながら、暴行されたこと、警察へは届けないことを告げて、「これ以上何も言わないで」と、すぐに話を切り上げる。
映画の前半は犯人捜しのサスペンス。レイプ犯はどうやらミシェルの知る人間らしい。自宅の近所には怪しげな人物が出没している。ミシェルは向かいに住むパトリック(ロラン・ラフィット)と、敬虔なカソリックであるレベッカ(ヴィルシニー・エフィラ)の夫婦と親しくなる。ミシェルはパトリックに惹かれたらしく、食事に招いた席のテーブルの下で彼に足を絡ませ誘惑する。
会社では、開発中のゲームでレイプされる女性にミシェルの顔を張りつけた動画がスタッフ全員に送信される。ミシェルは実直そうなスタッフに犯人捜しを命ずる。そんな事件と並行して、ミシェルの過去が明らかになってくる。ミシェルの父はかつて何人もの子どもを惨殺し無期懲役で服役中。少女だったミシェルも現場にいた。
ほかにも、ミシェル名義のアパートに暮らす厚化粧の母親と、若いアフリカ系の愛人。マザコンの息子・ヴァンサンと、妊娠した恋人(ミシェルとは互いに嫌いあっている)。ひと癖もふた癖もある人物が次々に出てくる。たくさんの登場人物を、短い描写のなかでキャラを立たせるのはさすが。
映画の中盤で、暴漢が再びミシェルを襲う。ミシェルはナイフで抵抗し、暴漢の覆面をはぎ取ってそれが誰であるかを知る。ここからは、その男とミシェルの倒錯したゲームが始まる。
襲われても、敵意に直面しても、嬉しいときも、ほとんどクールな表情を崩さないイザベル・ユペールがすごい。犯罪者の子どもから成り上がったパリのブルジョア。冷たい表情と裏腹に欲望とエゴイズムを隠さず、相手を傷つけることを何とも思わないミシェルに嫌悪を感ずる観客もいるだろうけど(隣に座っていたカップルは途中で出ていった)、ここまで徹底すると、すげえなあ、という気にもなってくる。ヨーロッパの個人主義の窮極の、しかし倒錯した形のようにも見えてくる。
ミシェルだけでなく、彼女をとりまく10人近い登場人物の誰もが、ミシェルほどでないにしても欲望とエゴイズムに支配されている。どの人物にもセリフや行動の端々に伏線が仕掛けられていて、なるほどと納得させられてしまう。ただ一人善人と見えた敬虔なカソリックのレベッカも、最後のセリフでそうでなかったことが明らかになり、うーん、やられましたと言うしかない。
ヒロインの存在だけでなく、スキャンダラスでモラルに反する描写を嫌う人も多いだろうけど、僕はこの映画、気に入った。


Comments
こんにちは。
「氷の微笑」は当時は一世を風靡したと記憶していますが、大人になった今思うとたいしたことなかったかな、と(笑)。
その点、本作は大人だからこそのエグミが効いていたような気がします。
「大人」って、素知らぬふりをしたり、平気に振舞ったりすることだから。
Posted by: ここなつ | September 21, 2017 01:13 PM
『氷の微笑』は悪女が男をたぶらかす、その意味では単純なエロチック・サスペンスでしたね。それ以上の深みは感じられませんでした。
『エル』、最初はアメリカの女優でアメリカで撮影するつもりだったようですが、イザベルがこの役をやりたいと申し出てパリに設定を移したのがよかったと思います。イザベルだけでなく、ほかの役者やパリの街が生きてます。
Posted by: 雄 | September 25, 2017 10:33 AM
イザベル・ユペールって、「ピアニスト」という映画でイケメンブノア・マジメルをとことん翻弄する気持ちの悪い女を演じましたね。はまり役なんですよ、多分こういう映画。64歳ですからフランス女ってすごい。でもあの皮膚の薄い顔うらやましいです。
Posted by: aya | September 27, 2017 02:07 PM
『ピアニスト』は見てないんですが、『愛・アムール』でもパリのブルジョア階級の女をやってました。こういうエゴイスティックで、それが魅力でもある女性、いかにもいそうですよね。
Posted by: 雄 | September 27, 2017 07:40 PM
いやー、いかにもいません、こういう女。
「ピアニスト」は病的で倒錯気味。
近寄りたくないタイプでした。
危ない女にふりまわされたい願望あるんですか?
ないよね、疲れるもの。
Posted by: aya | September 27, 2017 09:49 PM
『ピアニスト』は見てないけど、そういう願望(あくまで願望)はあるかも(笑)。現実になったらかなわないけど、そういう女性が出てくる映画は好きです(笑)。
Posted by: 雄 | September 28, 2017 11:52 AM