『ベイビー・ドライバー』 車とダイナーと美少女
冒頭の5分間に目をみはった。大音量のパンク・ロックが流れている。真っ赤なスバルの運転席に座るベイビー(アンセル・エルゴート)が音楽に合わせて身体や唇や指先を動かす。ギアを入れたり、アクセルを踏む動作も音楽のリズムに乗っている。銀行強盗を働いた仲間が車に走りこんでベイビーが車を急発進させ、ドリフトし、スピンターンし、高速道路を縫うように逃走する。その動きもセリフのタイミングもすべてリズムに乗っている。それだけではない。カットとカットのつなぎも、音楽のリズムと同期している。まず音楽があり、すべてが音とリズムに合わせてつくられている。
これが全編つづいたらすごいと思ったら、さすがにそこまではいかない。物語を動かさなければいけないから説明的な会話も入るわけだし。とはいえ、カーチェイスの場面になると音楽と画面がシンクロすることは変らない。ほとんどの画面に音楽が鳴っている。
ベイビーは幼い頃の事故で耳鳴りがし、音楽を聞くと耳鳴りが消えるのだ。すると、天才的なドライブ・テクニックが発揮される。強盗団のボス、ドク(ケビン・スペイシー)に雇われ、逃走車のドライバーとして分け前をもらっている。仲間は強面のバッツ(ジェイミー・フォックス)、バディ(ジョン・ハム)とその愛人。
音楽はほとんど知らない曲ばかりだった。1960年代くらいからのソウル、ロック、パンク、ダンス・ミュージックなど。聞いたことがあるような音が数曲あり、調べてみるとビーチ・ボーイズ、デイブ・ブルーベック、T・レックス、サイモン&ガーファンクル(タイトルの「ベイビー・ドライバー」は彼らの曲)だった。時代もジャンルもさまざまで、どの世代が見ても、ああ、これ知ってるなと感ずる曲があるだろう。それも計算のうちか。
ベイビーの耳鳴りは、両親が運転中に事故死したとき、同乗して衝突の瞬間を目撃したトラウマによるらしい。母親への思慕が、バッツやバディからは「ベイビー」と呼ばれるキャラクターをつくっている。子どものように押し黙り、打ち解けようとしない。そんなベイビーが、母親が働いていたダイナーでウェイトレスのデボラ(リリー・ジェームズ)に出会う。デボラに若かった母の面影が重なる。
監督のエドガー・ライトはイギリス出身の若手。映画フリークらしく、過去のいろんな映画の記憶が感じ取れる。ギャングのお抱え逃走運転手という設定が『ザ・ドライバー』を受けていることは言うまでもない。ほかにも、ダイナーと車と美少女、1950年代ふうファッションは『アメリカン・グラフィティ』、バディとベイビーが仲間割れして車同士ぶつかりあうシーンは、銃を車におきかえた『レザボア・ドッグズ』といった気配だ。ベイビーとデボラが車で逃げるのは『俺たちに明日はない』だし(通行人が2人を見て「ボニーとクライドか」と叫ぶ)、最後は『バニシング・ポイント』のシチュエーションになる(スバル、トヨタ、三菱と日本車が出てくるけど、最後はやっぱりシボレーでした)。
もっとも、バニシング・ポイントと思った観客は肩透かしをくらって、ベイビーは投降してしまう。1970年代ニュー・シネマとは違い、ベイビーは良い子なんだ。ラストは50年代ふうの車とデボラに迎えられてハッピーエンド。その、しれっとしたあたりが今どきなのかも。楽しめました。
Comments
お久しぶりです!
前のようにブログに時間を割くことがあまりできなくなり・・・ というか、映画感想アプリからSNS投稿できるようになっていて、そこで手短に書いてしまう方がどうしてもお手軽なのです。全く何も書いてない訳ではないのですが、どうしても楽な方に流れてしまいますね。
最後、そうですよね。割といい子でした。
ただ破天荒だけだと確かに70年代で時が止まってしまいますが、そうすることで先に進めるというのが今時の若い子たちの生き方かもしれませんね。
Posted by: rose_chocolat | August 27, 2017 11:15 PM
お久しぶりです。SNSに書いておられたのですか。roseさんのレビューが読めなくて寂しく思っていました。
70年代ニューシネマをどう越えるか。ひとつの試みとして楽しみました。ベイビーがいかにも頼りなさげなのがよかったですね。
Posted by: 雄 | August 28, 2017 04:41 PM