『ドッグ・イート・ドッグ』 ピンクのノワール
フィルム・ノワールと呼ばれるジャンル映画は間歇的に流行する。もともと1940~50年代にハリウッドで盛んにつくられた。とりあえず「暗い画面が特徴のスタイリッシュな犯罪映画」とでも言っておけばいいのか。その後1970年代に『チャイナタウン』など新しい感覚のノワールがつくられた。今どきのノワールの原型は『レザボア・ドッグス』あたりだろうか。
ハリウッドだけでなく「フレンチ・ノワール」「香港ノワール」と呼ばれる映画があるように、いろんな国でノワール調の映画が流行した。かつての「探偵」「ファム・ファタール」といった定型ばかりでなく、「犯罪」をキーワードにさまざまなパターンが生まれている。
もっとも、近頃のハリウッドでは暗い映画は好まれないのか、あるいはホラーや猟奇犯罪のような刺激の強い映画のほうがいいのか、ノワール(調)の映画はそう多くない。記憶に残るのは『ナイトクローラー』『ボーダーライン』くらい。『ドッグ・イート・ドッグ(原題:Dog Eat Do)』は、その貴重な1本だ。
もっとも冒頭から「ノワール」とは正反対、画面いっぱいのピンク色で始まる。ピンクのフィルターをかけているような、壁からなにからピンクに内装された家。コカイン中毒のマッド・ドッグ(ウィレム・デフォー)が愛人とその子供をさしたる理由もなく殺すファースト・シーンから、タガが一本はずれたような独特のリズムに巻き込まれる。
ムショ帰りのトロイ(ニコラス・ケイジ)は、ムショ仲間で大男のディーゼル(クリストファー・マシュー・クック)とマッド・ドッグを誘い、地元ギャングのボスから裏金回収の仕事を請け負う。最初の仕事は成功するが、カジノと女でどんちゃん騒ぎし一晩で報酬を使い果たす。次の仕事はメキシコ系ギャングの息子を誘拐し身代金を奪う仕事。ところが、マッド・ドッグが暴発し身代金を払うはずのギャングを殺してしまったことから、すべてが狂ってゆく……。
ポール・シュレイダー監督は、『ザ・ヤクザ』『タクシー・ドライバー』など1970年代ノワールの脚本家として名をなした。自らも『アメリカン・ジゴロ』などを監督しているから、ノワールはお手のもの。だからこそ、いまノワールをつくるに当たって、かつての定型を壊したかったんだろう。冒頭のピンクの画面もそうだし、いろんな約束事をはずしにかかっている。
トロイとギャングのボス(シュレイダー監督自身が演ずる)の会話シーン。定型のカットバックで(セリフをしゃべる人物を交互にクローズアップで)撮っているけれど、向かい合っているはずの二人がまるで背中を向け合っているように撮影されている。定型をはずしたカットバックは、小津安二郎が視線の交錯しない撮り方をしているのが有名だけど、日本映画に詳しいシュレイダー監督のことだからそういうことも踏まえているのかもしれないな(トロイがハンフリー・ボガート好きなのも、シュレイダー監督らしく笑わせる)。
ほかにも、マッド・ドッグが殺した死体を運ぶ車のなかでディーゼルに「人生をやり直したい」「俺の欠点を5つ挙げてくれ」なんて、どこまで本気か狂っているのか分からないセリフを吐いたりする。その後、死体処理の現場でディーゼルはいきなりマッド・ドッグに銃をぶっ放して殺す。原題のDog Eat Dogは原作のノワール小説と同じで共食いとか食うか食われるかといった意味だけど、登場人物は誰ひとり互いを信用せず、自らの欲望のままに行動する。
ラストもまた冒頭のピンクに対応するように赤い霧のなか。ニコラス・ケイジは、こういうチンケな男をやらせると絶品だなあ。
Comments
こんにちは。
>ニコラス・ケイジは、こういうチンケな男をやらせると絶品だなあ。
正に正に!私も同じことを思う所です。
そこはかとなくうらぶれていて、そこがまた結構カッコイイ。
Posted by: ここなつ | July 12, 2017 01:37 PM
ありがとうございます。
シュレイダー監督のインタビューによると、当初、ケイジはマッド・ドッグ役を考えていたそうですね。でも文字どおりマッドで破滅一直線の役より、うじうじしたトロイで正解だったでしょう。
Posted by: 雄 | July 15, 2017 01:18 PM