『セールスマン』 増幅される不安
家族──それがアスガー・ファルハディ監督の映画を一貫している主題だ。
『彼女の消えた浜辺』から『別離』『ある過去の行方』、そして『セールスマン(英題:The Salesman)』まで、それは変わらない。近代化とイスラム教がぶつかりあうイラン社会のなかに生きるさまざまな家族。なんらかの問題をきっかけに、彼らが引きずり込まれる心理的葛藤を、ミステリー的な手法で映画にしてきた。その問題とは、男と女の性的な問題であることが多い。日本社会にいると気がつかないけど、性的な問題に厳しい戒律のあるイスラム社会では挑戦的な映画づくりだと思う。
主人公は都会に住むインテリ夫婦。夫のエマッド(シャハブ・ホセイニ)は高校教師で劇団に所属する俳優。妻のラナ(タラネ・アリドゥスティ)も女優で、2人でアーサー・ミラーの「セールスマンの死」に主演している。舞台初日の夜、ラナは自宅のアパートでシャワーを浴びているとき何者かに襲われる。
冒頭から、2人を襲う不安を予感させる出来事がつづく。2人が住んでいたアパートが隣の建設工事で傾き、住民は我先に外へと逃げる。壁とガラス窓に亀裂が入る。劇団仲間から新しいアパートを紹介されるが、鍵のかかった一室には前の住人の荷物や派手な女ものの靴が残されている。事件が起きて、前の住人は娼婦で、男たちが部屋を訪れていたことを2人は知ることになる。ラナを襲ったのは、前の住人の客だったのか。
エマッドは警察に届けようと言うが、ラナはそれを拒否する。このあたりから、夫婦の間に細かい亀裂が入りはじめる。エマッドは自力で犯人を突き止めようと動き出す。部屋には、犯人が置いていったらしい札が残されていた。そのとき何が起こったのかは、怪我をしたラナは気を失って覚えていないと言う。エマッドは疑心暗鬼におちいる。観客にも、もちろん分からない。女性の肌の露出を嫌うイスラム社会では、妻の裸を見られたというだけでも夫にとっては大きな侮辱だろう。
現実の出来事と並行して、「セールスマンの死」の舞台稽古から本番が進行している。時代から取り残された夫婦の物語。シャワーを浴びた女がバスタオルで登場する場面で、役者は真紅の分厚いコートを着ている。イランではバスタオルでの登場は許されないのだろう。そういえばイラン映画はセミヌードも性的な場面も見た記憶がない。「裸なのにコート着てる」と稽古している役者が笑う。
赤は「禁止」を意味する色。この場面での赤いコートは、演出家の抵抗の意思表示なのかもしれない。それに対応するのかどうか、日常生活でのラナも真紅のヘジャブを着用している。こちらの赤は、ラナが性的な視線の対象にされたとことの比喩か。どちらも印象的な赤。
意外な犯人がわかったときの2人の表情もまた複雑だ。夫のエマッドは、インテリらしく極めて抑制された怒りを示す。被害者であるラナは、悲し気に事態を見守るだけ。夫婦の間の亀裂は、犯人が分かってもなお修復されないように見える。わかりやすい起承転結でなく、これからこの2人はどうなるのかと観客も不安させて終わる。
ファルハディ監督は、かつてモフセン・マフマルバフ監督が亡命せざるをえなかったことに抗議して、イラン政府から映画製作を禁止された経歴を持つ。アカデミー外国映画賞を受賞した今回は、トランプ政権の反イスラムの姿勢に抗議してタラネ・アリドゥスティとともに受賞式をボイコットした。芯の通った映画監督だ。

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