『マンチェスター・バイ・ザ・シー』 微妙な距離感
Manchester by the Sea(viewing film)
『マンチェスター・バイ・ザ・シー(原題:Manchester by the Sea)』を見始めてすぐ、あ、この風景は見覚えがあると思った。ニューヨークからボストン行の鉄道アムトラックに乗ると、列車はロングアイランド湾に沿った海辺を走る。小高い丘と緑の平地、入り組んだ海岸線に沿って点々と小さな町が見えてくる。典型的なアメリカンスタイルの住宅。入江にはたくさんのボートやヨットが係留されている。映画の風景そのもの。
マンチェスター・バイ・ザ・シー(これ、町の名前)はマサチューセッツ州ボストンの北40キロの海岸にあり、僕が見たロングアイランド湾沿いの町々とは少し離れている。でも町の構造は同じだろうと思う。一言で言えば中流白人の町。
ウィキペディアによれば、マンチェスター・バイ・ザ・シーはアン岬の突端にあり、風光明媚でボストン富裕層の別荘地として発展した。人口は5000人で、その98%が白人。貧困ライン以下の人間は5%。エドワード・ホッパーの絵のような白い灯台も出てくる。いわばホッパーの絵の登場人物が動き出したのがこの映画ということになるかも。
リー(ケイシー・アフレック)はボストン郊外でアパートの便利屋として働いている。自分の殻に閉じこもり、住民となじもうとしない。兄危篤の知らせを受け故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻るが、兄は亡くなっていた。遺言によってリーは兄の子供で16歳のパトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人になる。リーはパトリックと兄の家で暮らし始めるが、彼には忘れられない過去があり、ことあるごとにその記憶に苛まれる。
冬の港町。延々と流れる「アルビノーニのアダージョ」。ずいぶん古風な映画だなあと思う。リーが弁護士事務所で思いまどって外を見る。視線に沿って、雪に閉ざされた庭のショットが挿入される。今どきそんなクラシックなモンタージュをする映画は少ない。でもそんなふうに丁寧な映像を積み重ねつつ、リーの過去が少しずつ明らかになってゆく。
リーは甥のパトリックが子供のころから面倒を見てきて、パトリックも叔父を慕っている。でも、一緒に暮らし始めると2人の間に小さな齟齬が起こる。パトリックは、父の遺体を埋葬できる雪解けまで冷凍しておくことに反対し、それがトラウマ化したのか、冷凍庫の冷凍肉を見て嘔吐しそうになる。父のボートを売ることにも反対する一方、バンドを組み、2人のガールフレンドを二股にかける。思春期の甥と、心の傷を乗り越えられない叔父。
元妻でリーの知り合いと再婚したランディ(ミシェル・ウィリアムズ)とも再会し、きまずい会話をかわす。でも元夫婦の男と女の関係はあくまでサイドストーリー。本筋はリーとパトリック、男ふたりの関係だ。男と男の映画は過去にもたくさんあった。親子、兄弟、友達、あるいは敵同士。でもこの映画は叔父と甥という微妙な関係の微妙な距離感が主題になっている。ラストショットがその微妙さを見事に掬いあげた。
Comments
雄さんこんにちは。ご無沙汰しています。
「エドワード・ホッパーの絵」と書かれていますね。私もこの映画を観ていて、何故かアンドリュー・ワイエスの画が頭に浮かんだんです。
それが「絵のように美しい」ということなのでしょうか。淡色の、古風で美しい映画でした。
Posted by: 真紅 | June 05, 2017 10:30 PM
この映画はストーリーボード(絵コンテ)をきちんと描いているような気がします。最近の映画はリアリティを重視して手持ちカメラや動きを重視しますが、そんな反時代的な姿勢(?)も古風と感じられるのかもしれませんね。たまにこういう映画を見ると、しみじみいいと思います。
Posted by: 雄 | June 07, 2017 10:33 AM
こんにちは。
「クラッシックなモンタージュ」が雰囲気を表していると思いました。
そして、そう、本当にある種のバディ・ムービー。男同士の、しかも年の差がある。叔父と甥の関係。
心に迫ってくる作品でした。
Posted by: ここなつ | June 12, 2017 04:59 PM
バディ・ムービーとして見ると、ほとんどのものは男二人からポジティブな空気が立ち上りますけど、これは違いますね。ちょっと似た感じのを探すと、『真夜中のカーボーイ』でしょうか(記憶が定かでありませんが)。でも、二人が互いを気遣っているのは感じられますし、ラストショットでわずかな救いがありましたね。いい映画でした。
Posted by: 雄 | June 12, 2017 10:42 PM