『ノー・エスケープ 自由への国境』
『捜索者』や『死の谷』といった古典以来、西部劇の定番のひとつに砂漠(西部劇では「荒野」と呼ぶのがお約束)での追う者と追われる者との追跡劇、あるいは逃避行がある。その定番のパターンを踏襲しながらハリウッド製西部劇とはまったく異なる現代の追跡劇(逃避行)にしたのが『ノー・エスケープ 自由への国境(原題:Desierto、砂漠)』。88分と短い映画だけど、張りつめた緊張が見事なサスペンスだ。
追うのは、貧しい白人の一匹狼サム(ジェフリー・ディーン・モーガン)。追われるのは、国境を越えてアメリカに密入国したモイセス(ガエル・ガルシア・ベルナル)ら15人のメキシコ人。砂漠の国境には有刺鉄線が張られているだけ。モイセスたちは、いとも簡単に歩いて国境を越える。見渡す限りの荒野と岩山(ロケはカリフォルニア)。
サムはライフルをもちジャーマン・シェパードの猟犬とともにピックアップトラックで砂漠を走っている。警官に職質されると、ウサギ狩りに許可証はいらないだろう? と反問する。砂漠で食料にするウサギも撃つが、サムが狩っているのは密入国した人間たちだ。現実に南部や西部には密入国者を捕らえる私設警察集団があるけれど、サムには彼らのような反移民のイデオロギーはなさそう。ウサギを狩るのと同じ感覚で人間を狩っているらしい(そのほうが怖い)。
サムが砂漠を歩く密入国者を発見し、丘の上からガイドら11人を容赦なく狙い撃って殺す。一行に遅れていたモイセスとガイドの助手、男女のカップルの4人だけが生き残る。逃げるモイセス(この名前はモーゼとエクソダスに重ねられているのか)らに気づいたサムは彼らを追う。
人を拒む乾いた谷と乾いた岩山の風景が圧倒的だ。そのなかを武器を持たない4人が逃げ、サムと猟犬が追う。逃げ遅れたカップルの男が猟犬に喉を食い破られる。ガイドの助手は岩山から落ちて死ぬ。モイセスと残った女は、サムの裏をかいてトラックを盗むが、撃たれて車は横転し、女は重傷を負う。モイセスは自分をおとりに猟犬とサムを引きつけようとする。鋭い棘のあるサボテンの群落や、そそり立つ岩山での猟犬対モイセス、サム対モイセスの対決。
主役やスタッフはメキシコ勢だけど、サムがただの悪漢でなく、社会からはじきだされた男の哀しみをにじませている。だから結末にカタルシスはなく、むしろ重苦しい。
脚本・監督のホナス・キュアロンは、アルフォンソ・キュアロン(『ゼロ・グラビティ』)の息子。『ゼロ・グラビティ』のアイディアもホナスで、父と一緒に脚本も書いていた。『ノー・エスケープ』も『ゼロ・グラビティ』も、ごくシンプルな設定からハラハラドキドキの物語をつくりあげることでは共通している。また目を離せない監督がひとり増えた。
Comments
こんにちは。
本当に手に汗握る作品でした。
いよいよこんなことが現実となるのでは…?!という恐ろしさも手伝って、緊張しまくった作品でした。
短い尺でしたが、それが故に緊張感の密度も濃かったのかもしれません。
Posted by: ここなつ | May 31, 2017 03:49 PM
昔は90分というのがひとつの基準でした。そのなかにどれだけの人間関係と時間の流れを織り込めるかが脚本と監督の腕だったわけですが、久しぶりに90のサスペンスが新鮮でした。
Posted by: 雄 | June 01, 2017 11:13 AM