『タレンタイム~優しい歌』 多民族国家の青春
『タレンタイム~優しい歌(原題:Talentime)』(2009)は51歳で亡くなったマレーシアのヤスミン・アフマド監督の遺作。ほれぼれする青春映画だった。
高校の学内音楽コンクール(タレンタイム)に出場する4人の学生を中心にした群像劇で、なにはともあれ彼らの民族的宗教的背景の多様さにびっくりする。
ピアノの弾き語りをするヒロインのムルー(パメラ・チョン)は裕福なイスラム家庭の娘。父はマレー系と英国系の混血、母はマレー系。家族同然の中国系のメイドがいる。そのムルーをタレンタイムの練習にバイクで送り迎えすることになったマヘシュ(マヘシュ・ジュガル・キショール)はインド系で聾唖。宗教はヒンドゥー教で、マヘシュの母は同じインド系ながらイスラムの隣人を毛嫌いしている。
ギターの弾き語りが上手な転校生のハフィズはマレー系のムスリム。ひとり親の母は脳腫瘍で入院している。二胡を弾くカーホウは中国系。秀才だが転校してきたハフィズに一番の座を奪われ、成績優秀であれと命じる父のプレッシャーを感じている。
映画のなかで話されるのはマレー語(公用語)、英語(準公用語)、タミル語、中国語、それに手話を加えれば5つの言語が飛び交う。それがマレーシアの現実を反映しているんだろう。実際には、それぞれの民族も地域ごとに枝分かれし、それぞれの混血もいて、マレーシアは極めて複雑な多民族国家だ。
ヒロインのムルーは最初、マヘシュが聾唖であることに気づかず不愛想な態度に怒るが、やがて誤解が解けて互いに惹かれるようになる。イスラムであるムルーの家庭はマヘシュに寛大だが、ヒンドゥー教徒であるマヘシュの母は息子の恋人がイスラムと聞いて激怒し、交際を禁ずる。中国系のカーホウも口には出さないがムルーに惹かれている。敬虔なイスラムのハフィズは、入院している母を毎日のように見舞い、ムルーとマヘシュの橋渡しをしてやる優しい男。
それぞれの生徒の家庭の事情や先生たちの恋愛模様なども点描されて、タレンタイムの本番が近づいてくる。マヘシュがムルーを乗せてバイクで街を走ったり、公園のベンチに腰掛けたりのショットが素敵だ。冒頭と最後、会場となる無人の体育館の照明がつき、最後に消えてゆくショットもいい。タレンタイムで歌われるのは、マレーシアの人気アーチスト、ピート・テオ作曲の「I Go」や「Angel」。印象深いラブソング。
こういうコンクールもの映画は世界中のいろんな国でつくられていて、その意味では定型だけど、画面からあふれるみずみずしさが定型を感じさせない。民族も宗教も超えて人と人はつながれるというメッセージが、声高でなくじんわり滲んでくる。
マレーシアを舞台にした映画を見るのは、ツァイ・ミンリャン『黒い眼のオペラ』以来。マレーシア生まれのツァイは中国系で、この映画をつくったころは台湾を拠点にしていたから、純粋のマレーシア映画を見るのは初めて。タイ、フィリピン、そしてマレーシアと、このところ東南アジアの映画が面白いなあ。
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