« 『セカンドハンドの時代』を読む | Main | 門仲から吉原大門 »

March 20, 2017

『お嬢さん』 植民地の官能

Photo
Handmaiden(viewing film)

『お嬢さん(原題:아가씨、アガシ。娘の意)』の原作はサラ・ウォーターズのミステリー『荊の城』(未読)。19世紀ヴィクトリア朝のロンドンを舞台にした犯罪小説だそうだが、パク・チャヌク監督は映画化にあたって大日本帝国の植民地下にある朝鮮に設定を変えた。そのことで、映画はより複雑な色彩をおびることになったと思う。

韓国映画だから、この地を植民地として支配していた日本が悪として描かれるのは当然だろう(実際そうだったわけだし)。とはいえ、最近の韓国映画は変わってきている。去年面白かった『暗殺』も、日本が悪という大枠はあっても、日本に協力せざるをえない男の哀しみに比重がおかれていた。『お嬢さん』も、支配者である日本人から財産を奪うという大枠はあるにしても、支配・被支配の関係が政治的なメッセージでなく、ねじれたエロティシズムの源泉になっている。そこが面白いし、大胆でもある。

舞台になるのは、上月という日本人華族の植民地の邸宅。といっても上月(チョ・ジヌン)は日本人でなく、上月家の婿となったため上月姓を名乗る朝鮮人。莫大な財産を相続した義理の姪、秀子(キム・ミニ)と結婚して財産を乗っ取ろうと目論んでいる。邸宅の正面は西洋館、裏は和風邸宅という奇妙な空間。

上月は稀覯本のコレクターで、とりわけ江戸時代の春本を蒐集している。北斎の、巨大タコが女体にからみつく春画も所有し、地下室の水槽に巨大タコを飼っている。上月はコレクター仲間を集めて、秘密の朗読会と競売を催している。そこで春本の朗読と実演をするのは、邸宅を一歩も出ずに「お嬢さん」として育てられた秀子。

映画は、この邸宅にスッキ(キム・テリ)が珠子と名乗りメイドとしてやってくるところから始まる。スッキは、藤原伯爵と名乗る朝鮮人詐欺師(ハ・ジョンウ)の手先で、家に出入りする藤原伯爵を秀子が好きになるよう仕向け、結婚して秀子の莫大な財産を奪おうという計画なのだ。被支配者である朝鮮人がよってたかって豊かな支配民族の娘から財産を奪いとろうとする構図。はじめスッキは計画通り動いていたが、やがて秀子に好意を抱くようになり、秀子もスッキに心を開いて……。

物語の大部分は、上月の和洋折衷の邸宅で進行する(キッチュで耽美的なセットが素晴らしい)。地下室や座敷牢ふうな仕掛けもある密室的空間で繰り広げられるエロティシズム。バスタブにつかり飴をなめる秀子の唇のアップ。スッキが秀子の口の中に指を入れる、二人の関係を予感させるショット。孤児で貧しい被植民者の娘が、豊かで深窓育ちの植民者の娘を誘惑し、とろけさせてゆく。パク・チャヌクらしい映像が次々に仕掛けられる。

驚きはそれだけではない。最初、スッキの視点から描かれた物語が、次に秀子の視点から、更に第三者の視点から語られて、最初の筋書きがひっくり返される。詐欺師の手先として秀子を騙す手伝いをするはずのスッキは、秀子の身代わりとして犠牲にされる運命にあった。

二転三転するストーリー。被植民者のねじれた欲望。密室の暴力と笑い。濃厚なエロティシズム。パク・チャヌク監督は、植民者の邸宅で繰り広げられるそれらの物語を、批判的な視線ではなく美的に、官能的に描いた。その視点が新鮮だし、大胆だ。やるなあ、パク・チャヌク。

役者も、国際的に評価の高いキム・ミニと新人のキム・テリ、ふたりとも熱演。二人の存在がなければこのエロティックな映画は成立しないわけで、『アデル、ブルーは熱い色』のレア・セドゥもそうだけど、どの映画に出てどんな役を演ずるか、役者が自分で考え自分で判断するのが当り前なんだと思う。日本に挑戦的な映画が少ないのは、それが当り前じゃないところにも理由の一端があるんじゃないかな。

|

« 『セカンドハンドの時代』を読む | Main | 門仲から吉原大門 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 『お嬢さん』 植民地の官能:

» 『お嬢さん』 シンメトリーな関係 [映画批評的妄想覚え書き/日々是口実]
 『オールド・ボーイ』『イノセント・ガーデン』などのパク・チャヌク監督の最新作。  原作はサラ・ウォーターズの『荊の城』。  舞台は日本統治下の朝鮮半島。詐欺師たちに育てられたスッキ(キム・テリ)はある計画を持ちかけられる。藤原伯爵を名乗る詐欺師(ハ・ジョンウ)は、秀子(キム・ミニ)というお嬢さんを騙して莫大な財産を狙っているのだという。スッキは秀子の侍女として豪邸に入り込み...... [Read More]

Tracked on March 20, 2017 08:01 PM

» お嬢さん [映画的・絵画的・音楽的]
 韓国映画の『お嬢さん』をTOHOシネマズ新宿で見ました。 (1)久しぶりに韓流でもと思って映画館に行きました。  本作(注1)の舞台は、1939年の朝鮮半島(注2)。  始めの方では、雨が降る中、日本軍の兵隊が行進しており、その後を子どもたちが追いかけます。  彼...... [Read More]

Tracked on March 20, 2017 09:10 PM

» お嬢さん [あーうぃ だにぇっと]
お嬢さん@スペースFS汐留 [Read More]

Tracked on March 20, 2017 09:37 PM

» お嬢さん [佐藤秀の徒然幻視録]
公式サイト。サラ・ウォーターズ原作、英題:The Handmaiden。韓国映画。パク・チャヌク監督。キム・ミニ、キム・テリ、ハ・ジョンウ、 チョ・ジヌン、キム・ヘスク、ムン・ソリ。戦前 ... [Read More]

Tracked on March 20, 2017 09:44 PM

» お嬢さん [象のロケット]
1939年、日本統治下の朝鮮半島。 孤児の少女スッキは、詐欺師から日本人の華族令嬢・秀子の侍女になるよう命じられる。 詐欺師は日本人“藤原伯爵”に成りすまして秀子と結婚し、莫大な財産を手に入れるつもりだった。 両親を早くに亡くした秀子は、希少本コレクターの叔父・上月と暮らしている。 珠子と名を変えたスッキは秀子の世話係となり、“伯爵”と秀子との仲を取り持つことに…。 官能サスペンス。 R-18... [Read More]

Tracked on March 21, 2017 08:57 AM

» 「お嬢さん」:エロスとケレンと変な日本語 [大江戸時夫の東京温度]
映画『お嬢さん』は、独特のアクの強さが持ち味のパク・チャヌク監督による2時間25 [Read More]

Tracked on March 22, 2017 12:15 AM

» お嬢さん/아가씨 /THE HANDMAIDEN [我想一個人映画美的女人blog]
パク・チャヌクの最新作は、流暢じゃないカタコト日本語満載 「オールド・ボーイ」「渇き」などのパク・チャヌク作品は毎回作品が楽しみな大好きな監督の一人。 今回は、イギリスの作家サラ・ウォーターズの小説「荊の城」が原案。 舞台をヴィクトリア時代のロンドから日本統治下の朝鮮半島に移して、パク・チャヌク脚本で映画化 日本統治下にあった1930年代の韓国を舞台に、「伯爵」と呼ばれる詐欺師にスカウトされ、 莫大な財産の相続権を持つ令嬢・ヒデコのメイドとなった孤児の少女・スッキの関係性を ... [Read More]

Tracked on March 24, 2017 01:15 AM

« 『セカンドハンドの時代』を読む | Main | 門仲から吉原大門 »