January 31, 2017
January 30, 2017
『ホワイト・バレット』 超絶スローモーション
『ホワイト・バレット(原題:三人行)』は、10分くらいありそうな最後のスローモーション銃撃戦のために、それまでのすべてがある。三人の主人公はじめあらゆる人間関係や心理戦、物語の伏線がそこで炸裂する。驚嘆し、笑える。見ていて惚れ惚れ。さすが、ジョニー・トー。
香港ノワールといえばまずこの人の名が挙がるジョニー・トーの映画には、たいてい二つの要素が入っている。ひとつは男と男の友情と対立の物語。もうひとつは、長回しやスローモーションを織り込んだ斬新なアクション。そんな二つの系が分かちがたくからみあっている作品が多い。この映画は、そのうちアクションの要素を全面展開させたもの。
宝石強盗団グループのシュン(ウォレス・チョン)がチャン警部(ルイス・クー)らに追いつめられ、自ら頭に銃弾を撃ち込んで病院にかつぎこまれる。脳外科医のトン(ヴィッキー・チャオ)はシュンを手術しようとするが、彼は手術を拒否する。チャン警部は、シュンの拒否は仲間が救出にやってくるのを待つ時間かせぎと判断し、病院に包囲網を敷いて強盗団を待つ……。
前半はアクション場面がほとんどなく、病院の手術室や病室での言葉と視線のやりとりでストーリーが語られる。手術を拒否したが発作が起きる不安は残るシュンと、医師として手術を主張するトンのやりとり。医療を優先するトンと捜査を優先するチャン警部の対立。シュンとチャン警部の、互いに相手の裏を読もうとする探り合い。
そこにサイド・ストーリーが絡む。トン医師の手術は医療ミスだったと訴える入院患者。やたら院内を歩き回って引っ掻き回す、トー映画の常連ロー・ホイパン演ずる入院患者。やはり常連のラム・シュー演ずる間抜けな刑事。このあたり、緊張と笑いをうまく織り交ぜるトーの職人芸は絶品。
そして最後の銃撃戦がやってくる。CGも使いながら、すべてスローモーションで描写される10分近く(多分)が圧巻。これまでもトー映画で銃弾がスローモーションになったりすることはあったけど、これだけ長いのは初めてじゃないかな。長回しもあって、どんなふうに撮影したんだろう。見惚れてしまう。
この映画、香港だけでなく大陸でも公開され、トー映画として最高の興収をあげたという。自分のスタイルを徹底させながら、映画もヒットさせる。改めてジョニー・トーのしたたかさに脱帽。
January 28, 2017
January 26, 2017
January 23, 2017
『静かなる叫び』 冷え冷えした風景
「未体験ゾーンの映画たち 2017」のタイトルで未公開映画63本が特集上映されている(~3月31日、ヒューマントラスト渋谷)。ほとんど見ることのないホラーが多いけど、気になるクライム・アクション映画も何本かある。なかでいちばん見たかったのがドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が2009年にカナダでつくった『静かなる叫び(原題:Polytechnique)』。この作品の次につくった『灼熱の魂』が国際的に評価され、監督はハリウッドに呼ばれることになった。
1989年にモントリオール高等技術専門学校(polytechnique)で銃乱射事件が起こり、14人の女子学生が殺された。『静かなる叫び』はその事件を映画化したもの。銃を乱射した学生と、犠牲になった女子学生2人、友人の女子学生を見殺しにしたことで罪責感にさいなまれる男子学生の4人を中心に事件が描かれる。
映画がはじまって数秒、観客になんの情報も与えられないまま、学生がコピー機に群がるホールでいきなり銃が乱射される。血を流した学生が逃げまどう。見る者は、なにがなんだかわからないまま心臓をぎゅっと掴まれる。
そうしておいてからカメラは、自室で銃口を口にくわえ自殺のシミュレーションをした後、銃を隠し持って激しく雪が舞うなかを大学へ向かう男子学生の行動を追う。理由は説明されないが男はフェミニズムを憎んでいて、その憎悪が理系女子学生に向けられる。同じ朝、ルームメイトである2人の女子学生もインターン試験を受けるひとりのファッションをチェックしながら大学へ向かう。銃を持った学生が授業に乱入し、女子学生だけを残し、教師と男子学生を教室の外に追い払う。2人の友人の男子学生も、ためらいつつも銃を持った男に逆らえない。そして惨劇が起こる。
ともかく緊迫感が半端じゃない。事件へ向かう冒頭、教室の内と外での乱射、女子学生を救おうとする男子学生の行動などを時間を行きつ戻りつ、さらに事件後の男子学生が自分を苛む姿や生き残った女子学生のその後も挿入しながら、何本もの糸を織り上げるように縒ってゆく。長編映画3本目とは思えないサスペンスの才能。ノイズのような音が画面の背後に流れて緊迫感をいよいよ高める。
そして監督の映画の多くに共通する、北国の都市の冷え冷えした風景がここでも印象的だ。惨劇は、窓の外に雪が激しく降る室内で静かに進行する。モノクロームであることも、寒々した空気を強調している。
この映画は犠牲者に捧げられているが、ハリウッドはそのテーマでなくサスペンスの才に注目したんだろう。とはいえヴィルヌーヴ監督は職人としてでなく、自分の「質」をハリウッドでも保持することで『プリズナーズ』『ボーダーライン』という秀作を生みだした。今年秋に公開されるという『ブレードランナー』続編が楽しみだ。
January 21, 2017
January 19, 2017
『The NET 網に囚われた男』 矜持と悲しみ
キム・ギドク監督の映画をずっと見てきた者として、新作『The NET 網に囚われた男(原題:그물)』には驚く。異端と言われたギドクらしさが消え、一見ヒューマンな人間ドラマになっている。南北朝鮮の政治問題を映画に取り込んだのも(監督作品としては)はじめてだろう。顔を背けたくなるような性や暴力の過激な描写も抑制されている。登場人物の思いや行動が極端なまで突っ走って映画に非現実的な空気が漂うのも、ここでは避けられている。でもやっぱりキム・ギドクだなあと思う。
黄海に面し南北国境線に近い北朝鮮の漁村。漁に出たナム(リュ・スンボム)はモーターに網がからまって流され、韓国側に漂着してしまう。ナムはソウルに連れて来られ、スパイ容疑で取り調べを受ける。取調官(キム・ヨンミン)は暴力を使って自白させようとするが、警護官のオ(イ・ウォングン)はナムの無実を確信するようになる。上官はナムにソウルの繁華街を見せて亡命させようとするが、その映像が流れて南北の政治問題になってしまう。ナムはスパイではないとして送還されるが、北ではまた厳しい査問が待っていた。
北朝鮮の貧しい漁師ナムの造形がていねいで素晴しい。朝、漁に出る前に布団のなかで妻(チェ・グィファ)を抱く。幼い娘が寝たふりをする。その短い描写で、観客はナムのことをわかってしまう。ナムと警護官のオが少しずつ心を通わせはじめる。繁華街の明洞にひとり放り出されたナムは、繁栄する街を見てしまえば北へ帰って追及されると目を閉じたままさまよう(低予算早撮りのギドクらしくゲリラ撮影が効いている)。目を開けたナムは用心棒に暴行される風俗嬢を助けて、繁栄の裏側を知る。ナムを信じてベンチで待つオのところへ戻ってくる。ひとつひとつの描写で、ナムの人となりがきちんと描かれていく。それがこの映画にリアリティーをもたらしている。
リュ・スンボムははじめて見たけど、いい役者だなあ。妻役のチェ・グィファも出番は多くないけど好演(廣木隆一『さよなら歌舞伎町』のデリヘル嬢もよかった)。強面の取調官を演ずるキム・ヨンミンが、取調べのでっちあげが分かって追い詰められ、いきなり北の歌を歌いだすシーンもすごい。両親が北の出身ということなのか、彼自身が北のスパイということなのか。韓国の観客はこれをどう受け取るんだろう。
韓国ではこういうテーマはイデオロギー的になりやすいけど、北でもなく南でもなく、ひとりの男の矜持と悲しみ、家族への思いを描いて見ごたえがある。最後、ナムがみずから網に囚われていくところは、やっぱりキム・ギドクだなあと感じた。
酒を飲むシーンでチャミスルが出てきて、6年前、冬のソウルで友人たちと飲んだチャミスルを思い出した。ちょっと甘味のある安い酒だけど、妙に舌が覚えている。また飲みたいなあ。
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