『永い言い訳』の幸福感
西川美和監督の映画は『ゆれる』が見事にそうだったように、いつも相対する人と人の微妙な感情の揺れを丁寧に掬いあげる。
バス事故で互いに妻を失った幸夫(さちお、本木雅弘)と陽一(竹原ピストル)が、陽一の息子・娘とともに初めて食事をした夜、娘の灯(あかり)がアレルギーを起こして陽一は病院に駆け込み、幸夫は陽一の息子・真平を陽一のアパートに連れ帰る。陽一が帰ってきたとき、幸夫は真平が成績がよく中学受験を考えていることを真平から聞いた、と陽一にしゃべる。そのときの陽一の反応。
長距離トラックの運転手で、いかつい風貌の陽一が、「今日はじめて会ったのに」と言って一呼吸おく。そんなプライバシーまで踏み込んで、と陽一が怒るのかと観客は不安になる。ところが陽一は、「あいつはサチオ君にそんなことまでしゃべったんですか」と顔をくしゃくしゃにして笑う。幸夫と陽一が友人関係になる瞬間だ。
あるいは、その後の展開にいろんな種をまく、陽一と妻・夏子(深津絵里)の映画冒頭の会話。ことあるごとに妻を思いだして泣く父の陽一に距離をおく真平の、父に対する感情。真平は幸夫に対してもはじめ口が重いが、やがて信頼して父への批判めいた言葉も口にしはじめる。灯もはじめは幸夫に口もきかないが、やがてべたっとしてくる。そんな、それぞれのちょっとした心の動きの描写が積み重ねられて、幸夫と陽一の子供たちとの交流が深まってゆく。いささか強引な設定だけど、その幸福感がこの映画のすべてと言っていいくらいだ。
幸夫が灯を自転車に乗せて息をきらせて坂道を上がるシーン。寝過ごし降りそこねた真一の乗るバスを追って、幸夫と灯が自転車で追いかけるシーン。幸夫と真一が机をはさんで会話するシーン。どれも心に残る。
もっとも、売れっ子作家の幸夫は善意でそうしているわけではない。妻がバス事故にあったそのとき、編集者の智尋(黒木華)と不倫していた。その罪悪感から妻の死に向き合えない。仕事で家にいられない陽一の代わりに子供たちの世話をするのは、妻の死に向き合えないことから目をそらす自分への「言い訳」であり、小説のネタにしようという下心でもある。酒を飲めばエゴイストの本音が出るし、陽一一家との交流を追うTVドキュメンタリーに出演しても、カメラに向かってキレてしまう。夏子が幸夫宛てに書いたメールの下書きに残した「もう愛してない。ひとかけらも」の言葉は、どう受け取ったらいいのか。
そのあたりの幸夫の内心の亀裂が深まっていくのかと思っていたら、一家との交流を描いた小説が賞をもらい、そこで幸夫は夏子の死を受け入れる、予定調和のエンディングになってしまったのはいささか肩透かし。印象的なシーンはたくさんあるけど、『夢売るふたり』なんかに比べてドラマの骨格が弱いように思えた。
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