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October 12, 2016

『ハドソン川の奇跡』 淡々とした機長の姿

Sully

クリント・イーストウッド監督の映画の主人公は、いつもアメリカ人の原型ともいうべき男なのだと思う。それは彼のキャリアが西部劇の役者としてスタートしたことと深く関係している。彼が演じつづけた男は、西部の荒野にひとり立ち、自分を守るものは自分以外にない。自分の倫理と価値観にだけ信頼をおく。その行動は時に国に称賛されることもあれば、国に背くこともある。でも、国が彼の行動をどう思うかには、あまり重きをおいていないように見える。言葉本来の意味でのリバタリアンなんだろう。

イーストウッドの前作『アメリカン・スナイパー』は、保守派からは愛国的、リベラル派からは反戦的と評価され、にもかかわらず(だからこそ?)イーストウッドの監督作品のなかで最高の収益をあげた。『父親たちの星条旗』にも、愛国的とも国家批判ともとれる両義的な描写があった。いずれも、イーストウッドのそんな信念から来ているように思える。

『ハドソン川の奇跡(原題:Sully)』の主人公サリー(トク・ハンクス)もまた、そのような男だった。

映画は、航空機がニューヨークのビル群に突っ込む悪夢からサリーが目覚めるシーンにはじまる。これを見たアメリカ人観客の誰もが9.11を思い出したにちがいない。

国内線旅客機の機長サリーは、離陸直後のニューヨーク上空で両側エンジン停止の非常事態に見舞われ、空港へ引き返せという管制官に「無理だ」と答えてハドソン川に着水する。旅客機の不時着水という難しい作業をなしとげ、155人の乗員全員の生命を救ったサリーはヒーローとしてもてはやされるが、国家運輸安全委員会はコンピュータのシミュレーションを基に空港へ引き返せたはずだとサリーを喚問する。

喚問の場でサリーは、シミュレーションには初めての事態に遭遇した人間が迷い、判断する時間というヒューマン・ファクターが反映されていないと主張する。彼の主張を入れて再びシミュレーションすると、航空機はビル群に突っ込む。サリーはその結果を、当たり前といった表情で見ている。自分の判断に自信をもっている。

サリーは副操縦士ジェフ(アーロン・エッカート)とともに、プロフェッショナルとして自分のなすべき仕事をしただけだ。彼をヒーローに仕立てたマスコミも、彼の判断を疑った国の機関も、自分にはなんの関係もない。その淡々とした姿こそ、イーストウッドが描きたかったものだろう。そんな役を演じてトム・ハンクスの独壇場。主人公の設定にあわせて非常事態をあえてドラマチックに描かない、イーストウッド監督の職人芸を堪能した。

実際の事故に基づいた映画ということもあるかもしれないが、ただ『アメリカン・スナイパー』や『父親たちの星条旗』のような苦みはない。この映画の背後には9.11でアメリカ人が「ひとつになった」記憶があり、映画はそれをうまく使っているからだと思う。

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