『オーバーフェンス』 鈍色の空の下
冒頭、北国の鈍色をした曇天を飛ぶ海鳥がスローモーション気味に映し出されたとき、既視感があった。オダギリジョーと蒼井優が言い合いのケンカをする長いシーンも既視感があった。既視感とともに懐かしい感じもした。
それはどこから来たんだろうと考えて思いついたのが、1970年代に神代辰巳がつくった何本かの文芸映画。『櫛の火』(古井由吉)、『赫い髪の女』(中上健次)といった映画は、成瀬巳喜男や今井正の古典的な文芸映画や、増村保造や川島雄三の60年代ふうに重厚な文芸映画ともちがって、手持ちカメラや長回し、役者の即興的な演技を重視して、ある種の軽みと浮遊感を出していた。
『オーバーフェンス』は佐藤泰志の小説を原作にした函館3部作の最後の作品。前2作の『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』が重苦しい映画だったのに比べると、この映画には軽やかさと明るさがある。もちろん文芸映画だから、流行りの映画の底抜けの軽さと明るさとは違うけれど。その軽みや明るさやユーモアがじわっと滲みでてくるのが山下敦弘監督の個性。
話は単純で、ボーイ(中年男だけど)・ミーツ・ガール。離婚して故郷へ戻った白岩(オダギリジョー)はアパート暮らしで職業訓練校に通い、コンビニで缶ビール2本と弁当を買って日々を送る。訓練校の仲間、代島(松田翔太)に誘われてクラブに行き、鳥の真似をするエキセントリックな聡(蒼井優)という女に会う。聡は自分を「壊れた女」と呼び、白岩は自分を「壊す男」だと言う。二人は惹かれあい、親しくなり、夜を過ごし、喧嘩し、別れ、でも互いに気になり、会いに行き……。
そこに職業訓練校の人間模様がからむ。若いのに偉ぶった教師の生徒いじめ。教師より年上で、社会経験のある生徒が教師に絡む。白岩は、それらを距離を置きながら眺めている。無関心。それが聡を知ることで少しずつ変わってくる。訓練校が今の社会の比喩になっているあたりは、ちょっと古風というか文芸映画の臭みを感ずる。
学内対抗の草野球や昭和ふうな遊園地・動物園が背景になるあたりは、地方都市のゆるく澱んだ空気がたゆたっている。そんな舞台装置とオダギリジョーと蒼井優の存在感でできている映画だった。『どんてん生活』や『リアリズムの宿』以来の学生映画ふうの実験精神は希薄になったけど、そのぶん成熟し、山下監督の体温が感じられて悪くない。


Comments