『暗殺』 植民地の暗殺をエンタテインメントに
5、6年前、『京城スキャンダル』という韓流TVドラマを見たことがある。日本統治下の京城(ソウル)を舞台にしたハン・ジミン主演のラブコメで、日本帰りのモダン・ボーイや反日独立運動家が登場する。へえ、韓国でもこの時代を素材にこんなドラマをつくるんだ、と感じたことがあった。もちろん日本は悪者だけど(植民地支配していたわけだから)、マスコミが伝えるような、なにがなんでも日本憎しの感情的反日でなく、歴史的事実として、ある距離と余裕をもって受け入れているのでなければ、この軽やかさは出てこないんじゃないかと思った。
『暗殺(原題:암살)』にも、似たような感触がある。暗殺しようとする側は、上海にある亡命政権、韓国臨時政府と、3人の暗殺者。暗殺しようとする相手は、朝鮮半島を支配する日本軍将校と、彼に癒着する親日派の実業家。といってもシリアスな歴史ドラマでなく、笑いも交えたアクション映画だ。
暗殺グループを組織することを命じられた臨時政府の警務隊長ヨム(イ・ジョンジェ)は、抗日ゲリラの女スナイパー、アン(チョン・ジヒョン)と、早撃ちの「速射砲」、爆弾の専門家の3人を選んでソウルに送り込む。ところがヨムは日本に密通するスパイで、殺し屋の「ハワイ・ピストル」(ハ・ジョンウ)に自分が送りこんだ3人の暗殺者を殺すことを依頼する。
幼い頃誘拐されたアンは、実は暗殺のターゲットである実業家の娘で、アンの双子の姉(チョン・ジヒョンの2役)は、やはりターゲットである日本軍将校と結婚しようとしている。結婚式はソウルの三越百貨店で行われることになり、アン、ハワイ・ピストル、ヨムが一堂に会する……。
主演の3人、それぞれに過去の記憶が鮮明だ。
アンを演ずるチョン・ジヒョンは『猟奇的な彼女』から、もう15年たつんだなあ。あの頃は可愛さが先に立ったけど、今は成熟した大人の女。腕利きスナイパーなのに目が悪く、狙撃するときメガネをかけるのがおかしい。惚れ惚れする美しさに円い眼鏡が愛嬌になってる。
ヨムのイ・ジョンジェは『新しき世界』では中国朝鮮族出身の警察官で、ギャング組織への潜入捜査官を演じていた。今回は、拷問を受けて日本軍の協力者になったが、心の底には祖国への忠誠心が流れているようにも見える。どちらも複雑な役どころで、悲しみをたたえた風貌がぴったり。
ハワイ・ピストルのハ・ジョンウは『悲しき獣』のチンピラ殺し屋から一転、マカロニ・ウェスタンふうというか香港ノワールふうというか、腕利きで金にも困っていなさそうな二枚目の殺し屋を豪快に演じてる。彼と彼を助ける「爺や」がいるせいで、この映画に無国籍アクション映画のテイストが加わった。
ドラマ部分は、この3人がそれぞれに絡む。アンとハワイ・ピストルは男と女。アンとヨムは抗日同志としての信頼と裏切り。ヨムとハワイ・ピストルは好敵手としての友情。アンはさらに、暗殺のターゲットとの親子の情。とにかく盛りだくさんで、しかもそれが主題でなくアクション場面がメインなんだから欲張りすぎというか……。アンを軸にドラマ部分がもっと深く描かれていたら、映画史に残る傑作になったかも。
1930年代の上海とソウルも、よく出来ている。セットとVFXの組み合わせだろうけど、日本語の看板もおかしくはない。日本人を演ずる役者たちも、訛りながらも日本語をしゃべる。このあたり、ハリウッド映画が描く日本と日本人よりちゃんとしてるかもしれない。
かと思うと、古典的名作『灰とダイヤモンド』から、ちゃっかり名場面を拝借したりもする。死者の名前を呼びながらロウソクをともすシーン、洗濯された白いシーツがはためくラスト・シーン。チェ・ドンフン監督のお遊びなのか、歴史の闇に消えていった無名の暗殺者という共通の主題へのオマージュなのか。
『京城スキャンダル』同様、日本はもちろん悪者で(植民地支配していたんだから当然)、日本軍将校が暗殺のターゲットになっているけれど、それより親日派の実業家と日本軍に密通したヨンという裏切者に対する暗殺が主題として重くなっている。しかも裏切者のヨンを、いかにも悪役という役者でなくイ・ジョンジェという演技派のスターが演じているあたりに、この映画の懐の深さを感ずる。ま、シリアスなドラマでなくエンタテインメントだからということもあるだろうけど。
嫌韓・反韓の偏見さえなければ、楽しめます。一方、日本のマスコミではこの映画を「反日映画」の文脈で伝えたところもあったけど、記者の感性を疑うなあ。植民地時代の暗殺を素材にしているから反日じゃなく、大切なのは映画の底に流れているものを見極める目でしょう。単純な二元論では映画の微妙で大事なところが見えなくなってしまう。
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