『キャロル』 1950年代と今日性と
1950年代のニューヨークを舞台に二人の女性が惹かれあっていく『キャロル(原題:Carol)』、主演のケイト・ブランシェットとルーニー・マーラがひたすら美しい。僕は映画を選ぶとき、たいていは監督で選び、たまに女優で選ぶ。この映画はトッド・ヘインズ監督ということで見にいったのだが、最初から最後まで二人の女優に見惚れた。
1950年代というところがキモだろう。戦後、アメリカが超大国として君臨し、いちばん豊かだった時代。資産家の妻キャロル(ケイト・ブランシェット)は夫と別居して郊外の邸宅に娘と住む。カメラマン志望の若いテレーズ(ルーニー・マーラ)はマンハッタンの百貨店で売り子をしている。
クリスマス商戦で赤い帽子をかぶったテレーズが、娘へのプレゼントを探しているキャロルに気づき、その美しさに見入る。キャロルはローレン・バコールふうの髪にクリムゾン色の帽子とスカーフを合わせベージュの毛皮と、50年代のシックな富裕階級を絵に描いたような装い。テレーズはアーティスト志望の娘らしく短い髪にニットのモスグリーンのセーター。こちらはオードリー・ヘップバーンのイメージか。
ここから映画は、テレーズがキャロルを見、キャロルがテレーズを見るといった具合に、2人が互いに見る見られるショットを重ねて結びつきの深まりを描いていく。なかでも車に乗ったキャロルがウィンドー越しに街を歩くテレーズを見、テレーズが同様にキャロルを見るショットは、ウィンドーが雨滴に濡れたり曇っていたりして、それぞれの思いを伝えてくれる。
ヘインズ監督は50年代ハリウッドのメロドラマのスタイルを踏襲しながら、当時のニューヨークの街、車、ファッションを再現してみせる。アメリカ人観客なら良き時代にため息が出ることだろう。僕ら団塊の世代にとっても、はじめてアメリカを身近に感じたのはテレビ放送が始まって見た50~60年代アメリカのホームドラマだから、その懐かしさはわかる。
それだけならただの懐メロ映画になってしまうところを、ヘインズ監督は『エデンより彼方に』でも白人主婦と黒人庭師の愛を描いたように、この時代にはまだタブーだった同性愛をテーマにして今日性をもたせている。娘の養育権を巡る協議の場でキャロルは自分の同性愛をカミングアウトし、自分でも働きはじめるなど、「夫のお飾り」から自立した女性へと変貌を遂げる。テレーズもニューヨーク・タイムズでカメラマンとして仕事をはじめる。テレーズがキャノンで撮ったキャロルの動きのあるスナップが現像液の中で揺れているショットがいい。
2人は別れることを余儀なくされるが互いに思いは断ち切れない。ラストショット、ホテルのレストランで談笑するキャロルのもとへ戻って来たテレーズを見て、キャロルがなんとも複雑な笑みを浮かべる。余韻の残る映画でした。
スーパー16ミリで撮影され、35ミリにブローアップされている。そのためか独特の色彩と、狭い車内撮影などの密室感がこの映画にぴったり。
Comments
またまたすっかり遅くなってしまいました。
>1950年代
この当時のことですから、それはそれはカミングアウトも難しかったと思います。
あのラストの後、どうしたんでしょうね。きっと美しい映像になると思いました。
Posted by: rose_chocolat | April 02, 2016 11:44 AM
あのケイト・ブランシェットの笑みは、なんとも複雑な表情でしたね(さすが)。「お帰りなさい。やっぱり戻ってきたのね」から、ひょっとしたら「もう遅いわよ」まで、いろんな解釈ができそうです。
Posted by: 雄 | April 03, 2016 05:17 PM