『俳優 亀岡拓次』 下品にならない匂い
The Actor Kameoka Takuji(viewing film)
冒頭、仕事を終えた亀岡拓次(安田顕)が行きつけのスナックのトイレで盛大におならをぶっ放す。この映画、ほかにもゲップとか嘔吐とか紙おむつとか、亀岡が彼の身体から排出するものが物語の重要な鍵になっている。亀岡が発する身体の匂いがこの映画を染めあげている。そういう映画は得てしてこてこてのテイストになってしまいがちだけど、『俳優 亀岡拓次』はそこを下品にならないぎりぎりで処理して、(たぶん若い女性にも)気持ち悪さを感じさせない。
それは監督の横浜聡子が女性だからなのか、若い世代(38歳)だからなのか。その両方なのか。濃い(濃すぎる)日本映画をたくさん見てきた世代からすれば、それが不満でもあり、でも今の感覚からすればこのあっさり加減がいいのかな、と思ったり。
脇役専門の役者、亀岡拓次は37歳、独身。撮影現場の仕事が終われば、脇役仲間と酒を飲むだけの日々。仕事と自分の生活がのんべんだらりとつながっていて、二日酔いで時代劇の現場に行き刀の柄が腹に入って思わず吐いたり。そのリアルを思いがけず監督に称賛されたり。キャバクラのシーンで素人女性とのからみでは「本物の酒でやります」と場を盛り上げたり。殴られるシーンでは白目を飛び出すように剥く特技をもっていたり。珍しく演劇に出て大女優(三田佳子)の乳をもみ、褒められたのか貶されたのか分からない言葉をかけられたり。
全体をつなぐのは、ロケ先の諏訪で入った居酒屋を手伝う安曇さん(麻生久美子)への淡い恋。そのとき店のテレビでは、アメリカの女性宇宙飛行士が不倫に決着をつけるため紙おむつをはいて大陸を車で横断したというニュースが流れている(このニュースは僕も覚えている)。亀岡は「今度は紙おむつをはいて会いにきますよ」と安曇さんに言い、実際に東京から諏訪まで紙おむつをはいてバイク(ちゃんとしたバイクでなくてカブ。スクリーン・プロセスが懐しい)で会いに行く。
亀岡が安曇さんに紙おむつをはいてと言うシーン、原作では安曇さんが「私が替えてあげますよ」と応ずるらしいが、映画では笑っているだけ。原作通りなら、そこでがらりと空気が変わってしまうだろう。そのセリフは楚々とした麻生久美子に似合わない。ただ広大なアメリカ大陸でなく東京から諏訪なので、トイレに行く時間も惜しんで車を飛ばすその面白味がいまいち伝わらなかったのが惜しい。
安田顕は芝居の世界では名のある人らしいけど、脇役専門という設定どおり何本かの映画で顔は知っているけど名前は知らなかった。これで覚えましたね。いくつもの撮影現場の監督が新井浩文、染谷将太、山崎努と主役級の役者が脇に回り、安田顕を主役にするキャストもこの映画にふさわしい。
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