『ディーパンの闘い』 郊外の戦争
『ディーパンの闘い(原題:Dheepan)』の舞台はパリ近郊の都市ル・プレ・サン・ジェルヴェ。パリ北東、かつてパリ市街を囲んでいた城壁に沿って巡る環状道路の外側にある。映画で見ると、なだらかな緑のなかに工場や無機的な建築のアパートが並んでいる。住民にはアフリカ、中東、東欧、アジアから来た移民・難民がたくさんいる。その2世の若者がイスラム国などイスラム過激派に加わったことで問題になった「郊外」である。
そんな団地の管理人として、スリランカ内戦から逃れてきた元兵士ディーパン(アントニーターサン・ジェスターサン)がやってくる。郊外と難民、いまフランスのみならずヨーロッパを揺るがすテーマを取りあげて、しかもノワールの雰囲気とアクションを交えたエンタテインメントに仕立てる。ジャック・オディアール監督の見ごたえある映画だった。
ディーパンはスリランカの少数民族タミル人が組織した反政府ゲリラ「解放の虎」の元兵士。戦いに敗れ、家族を失い、見も知らぬ女性ヤリニ(カレアスワリ・スリニパサン)、孤児の少女イラヤルと3人で家族と偽り難民としてパリにやってきた。支援団体の手配で郊外団地の管理人として住み込むことになる。
団地はドラッグ密売組織が人の出入りを管理し、夜は組織の若者が武器をもってたむろする無法地帯になっている。「妻」のヤリニは団地の寝たきり老人の世話をすることになるが、老人の甥は密売組織のリーダーで部屋には怪しげな人間がたむろしている。
外では家族としてふるまう3人だが、家のなかでは他人。管理人として仕事に励むディーパンと、親戚のいるイギリスへ渡りたいヤリニは、ことあるごとに言い争いになる。イラヤルは学校になじめない。それでも少しずつフランス語を覚え、ディーパンとヤリニもやがて心を通わせるようになる。ある日、ヤリニとイラヤルは密売組織同士の銃撃戦に巻き込まれる……。
タミル語とフランス語、英語が飛びかう。主役の3人はアジア人(3人とも映画初出演)。もし日本でこういう映画をつくれば必ず主役を助ける日本人を登場させるところだが、この映画でフランス人はギャングとしてしか出てこない。というか、そもそもこういう設定、外国人主役でこの国で映画がつくれるかどうか。年に20万人の移民を受け入れ、いまや多民族国家であるフランスの現実を反映しているんだろうけど、こういう映画が成り立つこと自体フランス映画の成熟というものだろう。
ディーパン役のジェスターサンは実際に「解放の虎」の元兵士で、現在はフランスで作家として活動している。映画出演は初めて。ヤリニ役のスルニパサンはインドの演劇畑の役者。2人のごつごつした存在感が、見知らぬ土地で暮らす難民がぶつかる困難とシンクロして映画をリアルにしている。2人の控えめなラブシーンも素敵だ。
望遠系のレンズで撮ったスリランカの森のざわめきと象の眼のショットが何度か挟まれる。広角系のクールな映像ではなく望遠系を多用したショットが、ディーパンの思いとともに監督の熱い血を感じさせる。
最後、ディーパンが立ちあがるところは東映任侠映画のカタルシスに似るけど、それもまたよし。
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