『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』 白い神への反乱
『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(原題:fehér isten)』の主役は犬。エンタテインメントでもあり社会派ドラマでもあり寓意的な近未来映画でもあり、独特の雰囲気をもったハンガリー映画だった。
リリ(ジョーフィア・プショッチ)と愛犬のハーゲンは、海外へ行く母と義父のもとを離れ父ダニエル(シャーンドル・ジョーテル)の家に預けられる。折から雑種犬を飼うと高額の税金が課せられるという法ができ、それを嫌ったダニエルはハーゲンを捨てる。
ここから、捨てられたハーゲンとハーゲンを探すリリのふたつの視点が交錯しながら物語が進む。カメラが時に犬の視点になったりするのが面白い。ハーゲンはホームレスの手で闘犬業者に売り飛ばされる。闘犬としての訓練を受け、善良そのものの表情だったハーゲンが牙を研がれ獰猛な表情を見せて野生を取り戻していく。その変貌がすごい。実際にアメリカのトレーナーが訓練したらしい。闘犬業者の元を脱走したハーゲンは雑種犬狩りによって収容所に入れられるが、雑種犬たちのリーダーとなって収容所を脱出し、人間を襲う……。
一方、リリは父に反抗してハーゲンを探しまわる。学校のオーケストラでトランペットを担当するリリは、いつもデイパックに楽器を入れ、パーカーを着てスポーツ自転車に乗っている。ハーゲンはリリのトランペットの音を好み、トランペットをいつも持っていることがリリの心を表している。
ハーゲンのパートは『猿の惑星』を、リリのパートは『ターミネーター』のヒロイン、サラ・コナーを思い出させる。でもこの映画がハリウッドのSFとまったく似ていないのは、ブダペストの町を歩き回るリリがとてもリアルなこと、そして実際に数百頭の犬(実際に野犬収容所の犬を訓練したそうだ)を使ってSFXなしで撮影されているからだろう。
純血犬のみ許可し雑種犬狩りをするという設定は、アーリア人種の純血をうたったナチスを思い出させるし、最近のヨーロッパでの移民排斥の動きを連想させもする。原題の「ホワイト・ゴッド」とは、犬の眼から見たら人間はそう見えるだろうと監督のコーネル・ムンドルッツォは語っている。
ラスト、収容所前の広場にハーゲンを先頭に雑種犬が集まり、彼らに向かい合ったリリが地に体を伏せて犬と同じ目線になり、蜂起した犬たちのリーダーになることを暗示する。それを俯瞰で捉えたショットが素晴らしい。


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