『黄金のアデーレ 名画の帰還』 ヘレン・ミレンの映画
ニューヨークのノイエ・ギャラリーはメトロポリタン美術館から北へ2ブロック歩いた東86丁目の角にある。ヨーロッパふうに装飾された壁と窓をもつ、エレガントな外観の歴史的建造物。クリムトやエゴン・シーレはじめ20世紀オーストリア美術や工芸品のコレクションで、小さいながら見ごたえのある美術館だ。クリムトの「黄金のアデーレ」、正確には「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ」はここの2階に展示されている。
ノイエ・ギャラリーに「黄金のアデーレ」が展示されはじめたのは2006年。史上最高額で取引された絵画と話題になっていた。僕は翌07年にニューヨークに暮らしはじめ、ここへはときどき出かけた。展示を見た後、ウィーンのカフェを再現した地下の「サバスキー」でお茶を飲んでいると、フェルメールやターナーをもつフリック・コレクションとともに、アメリカのミリオネアがどんなふうにヨーロッパに憧れを持ったかを感ずることができる。
でもノイエ・ギャラリーで見ていたときは、ここへ展示されるまでにこの絵にどんな歴史があったのかまでは知らなかった。『黄金のアデーレ 名画の帰還(原題:Woman in Gold)』を見て納得。20世紀の現代史を生きた絵画なんだなあ。
絵画に描かれたアデーレの姪マリア(ヘレン・ミレン)は、ナチスが侵攻したオーストリアから亡命しアメリカのロサンゼルスに住んでいる。マリアの両親はウィーンに住む裕福なユダヤ人で、芸術のパトロンとして邸宅にはクリムト、マーラー、フロイトらが出入りしていた。やがて両親は亡くなり、「黄金のアデーレ」など所有する美術品はナチスに没収された。「黄金のアデーレ」は戦後、ヴェルベデーレ宮殿にあるオーストリア絵画館の所蔵になっている。
マリアは、やはりナチスから亡命した作曲家シーェンベルクの孫で若い弁護士のランディ(ライアン・レイノルズ)と協力して、オーストリア政府に対し「黄金のアデーレ」を返還してほしいと訴訟を起こす。
マリアは西海岸でふつうの暮らしをしているが、ヨーロッパの上流階級らしい気品とプライドを身につけ、鋭い皮肉を飛ばすと思えば明るく笑いとばす。オーストリア政府を訴えるという無謀とも思えた訴訟は、小さい頃、アデーレの膝に抱かれた記憶があるマリアにとって、いわば家族を取り戻すことだったのだろう。そんな歴史を生き、複雑な性格をもつ老婦人はヘレン・ミレン以外に考えられない。彼女あってこその映画だろう。
もうひとつ感心したのは、ウィーンでロケしていること。ナチスが侵攻しこれに協力したことは、オーストリアにとっては「この国の最大のトラウマ」(サイモン・カーティス監督)だが、オーストリアはこの映画に協力している。そこにヨーロッパの成熟を見る。ナチスが進駐してきたときの、ハーケンクロイツの旗におおわれたウィーンの街路。ナチスに熱狂する女性や子供たち。ユダヤ人が侮辱されるのを黙ってみている市民。またナチス侵攻以前の、裕福なユダヤ系市民のサロンの雰囲気が描かれているのも面白かった。
マリアと夫のウィーン脱出を軸にした過去と、勝ち目の薄い訴訟をどう逆転させるか裁判劇の現在を交錯させて飽きさせない、ウェルメイドのイギリス映画。もちろんこの物語の背後には、映画に描かれない側面──戦後賠償を求める世界ユダヤ人会議の存在や、それを後押しするようなアメリカの司法制度、大金を稼いだ弁護士、巨額の金が動く絵画ビジネスといった政治や金をめぐる諸々の問題もあるだろう。まあそういったことはさておき、ヘレン・ミレンとウィーンの街を楽しめた映画でした。


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