« フジタの戦争画 | Main | 室井綾子コンサート »

November 25, 2015

『恋人たち』 成熟した国の映画

Photo
Lovers(viewing film)

『恋人たち』はちぐはぐに成熟したこの国でしか生まれない、というかこの国でこそ生まれた映画だなあ。そんな感想を持った。

成熟した国でよく生まれる映画に「なにも起こらない映画」がある、と思う。発展途上の国の映画は、その国や社会が抱える問題をストレートに反映したものが多い。発展途上であるために多くの矛盾や問題を抱えているから、そこからいくつもの魅力的なドラマが生まれる。成熟した国ももちろんいろんな矛盾を抱え込んでいるけれど、一見平和で社会の表面に事件や出来事として浮上することが少なく、外から見えにくくなっている。

そこでは社会の表に問題化されないけれど、ドラマは変哲もない日常を舞台に主人公の心のなかで進行している。そんな「なにも起こらない映画」はヨーロッパにもアメリカにも日本にもあるけれど、どの映画もなにがしかその社会のありようを反映している。『恋人たち』が反映しているのは、この国の空気だろうか。

三人の男と女の日常が並行して描かれる。橋梁点検の専門家アツシ(篠原篤)は妻が通り魔に殺され、その喪失感から立ち直れないままでいる。瞳子(成嶋瞳子)は同居する姑(木野花)と会話のない夫と郊外に暮らし、弁当工場へ自転車通勤している。弁護士の四ノ宮(池田良)はゲイで、大学時代の同級生である聡(山中聡)への思いを抱えたまま若い男と同居している。

三人の日常に些細な出来事が起こる。いちばん出来事らしい出来事が起こるのは瞳子で、工場の出入り業者・藤田(光石研)と不倫関係になってしまう。藤田は薬物中毒で、愛人の晴美(安藤玉恵)と「美女水」と称する怪しげな水を販売している。この映画、主人公の3人は新人俳優だけど脇を個性派が固めている。光石研と安藤玉恵の怪しげなカップルがなんともおかしく、光石研の真面目くさった出入り業者の顔と薬物中毒者の顔の落差には笑ってしまう。

骨折して入院した四ノ宮は、見舞いに来た聡から彼の息子にゲイとしてちょっかいを出したのではないかと疑われてしまう。四ノ宮の聡への密かな思いを、骨折した四ノ宮が松葉杖の先で聡の影を輪郭に沿ってなぞる動作で描写するショットが素晴らしい。アツシは妻を殺した男に民事裁判を起こしたいと奔走するが依頼した弁護士の四ノ宮は乗り気でなく、のらくらとかわしている。ここで交錯する一途なアツシと、どう見ても正義派ではなさそうな四ノ宮の対比がおかしい。

三人の心の揺れがていねいに描かれている。生身の、等身大の人間たち。結局、僕らの日常がたいていそうであるように、事件は何も起こらない。家出して藤田の部屋に転がりこもうとした瞳子も、藤田の正体を知って元のさやに収まる。骨折が直った四ノ宮は、のらくらと弁護士稼業に戻っている。アツシは喪失感を乗り越えられそうな気配を漂わせて仕事に励んでいる。川船に乗ったアツシが高速道路に挟まれた狭い青空を指さし、仕事の習慣である「よし!」と声を出すのがいい。

みんな心の傷を抱えている。でもそんな心を抱えたまま生きていかなければならない。いとおしくもあり、いささかナルシスティックでもある。三人それぞれの姿を通して、成熟したけれど澱んでいるこの国の空気がリアルに感じられた映画だった。

橋口亮輔監督の映画を見るのはデビュー作の『二十歳の微熱』以来で、ゲイへのこだわりは変わらず。国際的にも評価された『ぐるりのこと。』『ハッシュ』も見たくなった。

|

« フジタの戦争画 | Main | 室井綾子コンサート »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/41136/62736454

Listed below are links to weblogs that reference 『恋人たち』 成熟した国の映画:

» 恋人たち〜空虚の中心で、愛を叫ぶ [佐藤秀の徒然幻視録]
本当は超過激にヤバい日本の寓話 公式サイト。橋口亮輔監督、篠原篤、成嶋瞳子、池田良、安藤玉恵、黒田大輔、山中崇、内田慈、大津尋葵、山中聡、光石研、リリー・フランキー。 ... [Read More]

Tracked on November 25, 2015 at 02:12 PM

» 橋口亮輔の待望の新作 『恋人たち』 届かない想い? [映画批評的妄想覚え書き/日々是口実]
 『ぐるりのこと。』以来7年ぶりの橋口亮輔の長編作品。その間には短編『ゼンタイ』なども公開されているが、『恋人たち』では『ゼンタイ』のときにも出演していたワークショップの面々が堂々の主役を務めている。『ゼンタイ』の草野球のエピソードで目立っていたのは篠原篤だったし、ラストシーンは成嶋瞳子の微妙な表情だったようにも記憶しているし、ふたりは監督のお気に入りなのだろう。  今回は初日の2回目に観...... [Read More]

Tracked on November 25, 2015 at 11:37 PM

» 「恋人たち」 (2015) [お楽しみはココからだ~ 映画をもっと楽しむ方法 ]
2015年・日本/松竹ブロードキャスティング 配給:松竹ブロードキャスティング、アーク・フィルムズ 監督:橋口亮輔 原作:橋口亮輔 脚本:橋口亮輔 製作:井田寛、上野廣幸 企画:深田誠剛 「ぐるりのこ... [Read More]

Tracked on November 26, 2015 at 12:30 AM

» 恋人たち [映画的・絵画的・音楽的]
『恋人たち』をテアトル新宿で見ました。 (1)7年前に見た橋口亮輔監督の『ぐるりのこと』が大層素晴らしかったので、映画館に行ってきました。  本作(注1)の冒頭は、風呂に入っているアツシ(篠原篤)が、独り言を喋っています。 「あいつから婚姻届書くように言わ...... [Read More]

Tracked on December 01, 2015 at 06:43 PM

» 恋人たち ★★★ [パピとママ映画のblog]
『ハッシュ!』『ぐるりのこと。』などの橋口亮輔監督が、それぞれに異なる事情を持つ3人の男女の物語をつづる人間ドラマ。自分に興味を持ってくれない夫と気が合わない義母と生活している女性、同性愛者で完璧主義の弁護士、妻を通り魔に殺害された夫を中心にストーリー...... [Read More]

Tracked on December 02, 2015 at 07:28 PM

» 誰かの青空~『恋人たち』 [真紅のthinkingdays]
 妻を通り魔に殺された橋梁検査員のアツシ(篠原篤)は、民事裁判を起こして 犯人を訴えることだけを心の支えに生きていた。夫と姑の三人で暮らし、味気な い毎日を送っている主婦の瞳子(成嶋瞳子)は、パート先で出逢った男(光石研) に心ときめく。弁護士の四ノ宮(池田良)は、学生時代からの友人(山中聡)を 思い続けていた。  (大好きな)橋口亮輔監督、7年ぶりの長編。年齢や生活環境の...... [Read More]

Tracked on December 16, 2015 at 12:49 PM

« フジタの戦争画 | Main | 室井綾子コンサート »