『光のノスタルジア』『真珠のボタン』 人間の時間・宇宙の時間
Nostalgia de la Luz, El Boton de Nácar(viewing film)
『光のノスタルジア(原題:Nostalgia de la Luz)』は2010年、『真珠のボタン(原題:El Boton de Nácar)』2015年につくられたドキュメンタリー。2本に共通するのは、アタカマ砂漠に設置されたアルマ望遠鏡の天文台と、1970~80年代のピノチェト独裁政権下で逮捕・殺害された数千とも数万ともいわれる人々とその遺族。チリの光と影ともいうべき二つのまったく異質の主題が、息を飲む美しい映像のもとに串刺しされている。
高度5000メートルの砂漠に配置された数十台の巨大パラボラアンテナが、夕日を受けて輝き、回転する。この電波望遠鏡によって見えてくるのは、可視光では見えない暗黒の宇宙。星の誕生や生まれたての銀河といった宇宙の姿は、数億年、数十億年といった永遠の時間が凝縮された映像だ。
天文台が設置されているチリ北部アタカマ沙漠の干からびた大地と深い青空。岩肌には先史時代の人類が描いた動物の絵。一方、『真珠のボタン』の舞台となるのはチリ南端パタゴニアの大地と氷河と海。南極にも近い、荒涼とした大地。南北4000キロに及ぶチリの陸と海の風景が映し出される。
上空から見れば地球の誕生以来ほとんど人の痕跡をとどめない風景だけど、近づけばそこには人間たちの風景もある。『光のノスタルジア』では、砂漠につくられた強制収容所の跡。砂漠の表面を丹念に掘って行方不明になった家族の遺骨を探しつづける女たちがいる。『真珠のボタン』では、海の底から錆びたレールが引き上げられる。ピノチェトによって虐殺された人々は鉄道のレールを縛りつけられ海の底に沈められた。錆びたレールに付着するボタンは、括られた人が生きた証だ。歴史をさかのぼって、先住民インディオの虐殺もそこにかぶせられる。
ナレーションは虐殺の背景を──冷戦下、選挙によって誕生した社会主義的アジェンデ政権を軍部のピノチェトがクーデタによって倒したことも、その背後にアメリカの影があったことも、まったく語らない。地球や宇宙の永遠のなかに黙って溶かし込んでいる。空中を漂う光の粒や物言わぬボタンによって、人間の時間、地球の時間、宇宙の時間がつながれている。
2本の映画を見て湧いてきたのは、人間の残虐や愚行に対する怒りというより、美しいものを見たという浄化された感情だった。それは決して歴史的事件を忘れるということではない。逆に、それらを忘れまいとする人々──砂漠に遺骨を探す家族や、生まれたばかりの赤ん坊を抱いている虐殺された男の娘──の営為が地球や宇宙の時間につながる美しさを持っているからだろう。
「宇宙の壮大さに比べたら、チリの人々が抱える問題はちっぽけに見えるだろう。でも、 テーブルの上に並べれば銀河と同じくらい大きい」というパトリシア・グスマン監督の言葉がこの映画の核を示している。
グスマンは、ピノチェトのクーデタのとき自らも逮捕・監禁された経験をもつ。アジェンデ政権とピノチェトのクーデタによるその崩壊を描いたドキュメンタリー『チリの戦い』3部作は、「世界で最も優れた10本の政治映画のうちの1本」と評される。見てみたいものだ。
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