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October 09, 2015

『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』 荒廃した風景

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A Most Violent Year(viewing film)

『アメリカン・ドリーマー 理想の代償(原題:A Most Violent Year)』の舞台は1981年のニューヨーク。石油危機による経済の停滞、移民流入による人種間対立の激化、犯罪の多発によって、ニューヨークがいちばん荒れていた時代だ。90年代にニューヨーク市長になり治安を劇的に向上させたジュリアーニは、このころニューヨーク州担当の連邦検事としてマフィア撲滅を陣頭指揮していた。映画にもアフリカ系の連邦検事が出てくるが、そのキャラクターにはジュリアーニが投影されているかもしれない。

野心的な移民が起業してのしあがろうとするこの物語が最も力を注いでいるのは、1980年前後の荒んだニューヨークを再現することだ。マンハッタンではなく、いろんなエスニック集団が入り乱れて暮らすブルックリンやクイーンズが舞台になっている。

ヒスパニック移民のアベル(オスカー・アイザック。彼自身はグアテマラ系)は、何台ものタンクローリーと貯蔵タンクを抱えた灯油販売会社を起こし、既存の会社の市場を奪ってのしあがりつつある。妻のアナ(ジェシカ・チャスティン)はブルックリンのギャングの娘で、会計を一手に引き受けている。

アベルの会社のタンクローリーが何者かに襲撃され車と灯油を奪われる事件が立て続けに起こっている。アナや運転手組合の委員長は運転手に銃を持たせることを勧めるが、アベルはうんと言わない。一方、連邦検事(デヴィッド・オイェロウォ)がアベルの会社を脱税容疑で調査している。そんななか、アベルは事業拡大のためイースト・リバー沿いの土地を買う契約を結び、手持ちの全財産を手付金として払う。残金の支払いは1カ月後だが、連邦検事の調査を知った銀行が融資を断ってくる……。

アベルは運転手が違法な銃で武装することを拒み、妻の実家であるギャングとも関係を持たず、クリーンなビジネスを志している。でも襲撃を恐れた運転手のヒスパニック青年がひそかに銃を持ち、襲われて銃撃戦になってしまう。会計を仕切るアナはアベルに告げず密かに裏金をプールしていた。アベルは否応なくそうした事態に巻き込まれてゆく。襲撃犯を追い詰めたアベルは、奪った銃を手に犯人を脅す。

家族、アベルの片腕の弁護士や検事、エスニックのコミュニティ、同業者、アベルを巡るさまざまな人間関係が愛と友情と対立に彩られながら進んでゆく。派手なアクションはないし、劇的な成功や挫折といったドラマチックな結末が用意されてるわけでもないけど、画面は冒頭から最後まで緊張感にあふれている。最後のアベルと検事の会話は、これからどうなるのかいろんな想像ができて陰影深い。脚本・監督のJ.C.チャンダーの腕だろう。

クイーンズの工場地帯からイースト・リバーごしにマンハッタンのエンパイア・ステート・ビルとクライスラー・ビルを望むショットはニューヨークを象徴する風景としていろんな映画に登場するけど、ここでも主人公の野心を照らしだすように何度も登場してくる。イースト・リバーにかかるクイーンズボロ橋とすぐ脇にある火力発電所の4本煙突もいくつもの映画でお目かかった構図で、この映画でも橋上の銃撃戦で出てくる。

廃工場地帯での追跡劇は、今もブルックリンかクイーンズにこういう風景が残っているんだろうか。エンドロールを見るとデトロイトでロケしているから、デトロイトだろうか。いまやこんな荒廃した風景は、ニューヨークでなくデトロイトのものかもしれない。僕の知る限り、ウィリアムズバーグやレッド・フックといったブルックリンの廃工場地帯は、今ではジェントリフィケーション(高級化)によってお洒落な地域に変貌しつつある。ついでに言うと、主人公の土地売買の契約相手は黒ずくめの服装に身を固めたユダヤ教超正統派で、ウィリアムズバーグには超正統派のユダヤ教徒が固まって住む一角がある。

襲撃犯を追跡するシーンでは、落書きだらけで汚れた地下鉄が再現される。ブルックリンからマンハッタンを通ってブロンクスを結ぶBライン。50丁目、62丁目といったブルックリン(Dライン)の駅が登場する。荒んだ風景の中をアルマーニのロングコートを着てアベルが走りまわる。

この時代、裕福な白人はニューヨークから郊外の高級住宅地へと住まいを移していた。主人公の豪邸も、緑が多く、雪が積もり、アップダウンもあるから、郊外に設定されているようだ。ロングアイランドかウェストチェスターで撮影されたらしい。

そんなこんなで、ブルックリンに住んだことのある僕には楽しみの多い映画だった。僕が暮らした2007年には一部を除いてきれいな街になっていたけれど、この映画の設定の4年後、1985年に初めてニューヨークに行ったときには、地下鉄もバワリーあたりの街路もこの映画みたいなざらざらした感触があった。

予算2000万ドルの映画なのに回収できたのは600万ドルと興行的には失敗作みたいだ(wikipedia)。映画の評価は高く映画賞にいろいろノミネートされたけど地味な映画だからなあ。才能あるJ.C.チャンダー監督が次回作もつくれるよう祈ろう。

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