『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女』 ポップで孤独な吸血鬼
A Girl Walks Home Alone at Night(viewing film)
『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女(原題:A Girl Walks Home Alone at Night)』はアメリカ映画だけど、舞台はイランの架空都市、話される言葉はペルシャ語、演ずるのはアメリカ、ドイツ、イランなど多民族の役者たち、監督のアナ・リリ・アミルプールはイラン系アメリカ人だ。
アナは長編処女作になるこの映画について、「最初のイラン・ヴァンパイア・マカロニウェスタン」と呼んでいる。その通り、過去のいろんな映画のさまざまな気配が入り混じり、しかしモノクロームの画面が初々しい魅力をたたえている。
道路脇に無造作に死体が転がる「バッドシティ」。人けのない街にはドラッグのディーラーと娼婦くらいしか姿が見えない。父親がドラッグ中毒のアラシュ(アラシュ・マランディ)は、ある夜、黒いヒジャブとチャドルで全身を覆った少女(シェイラ・ヴァンド)に出会う。少女は街でただ一人の孤独なヴァンパイア(ロンサム・ヴァンパイア)だった……。
とまあ、これだけのボーイ・ミーツ・ガール物語なんだけど、舞台のバッドシティというのが不思議な風景(ロケはカリフォルニア)。がらんとした街。周囲の荒野では、石油採掘機の爪のようなヘッドだけが動いている。2人がデートするのは、夜もひときわ明るい無人の石油精製工場。物語も映像もひときわシンプルなのは、マカロニ・ウェスタンの単純明快さを意識しているからだろうか。映像の背後ではイラン・ロックとテクノ・ミュージックが、クリント・イーストウッドにかぶさるエンニオ・モリコーネのように高鳴っている。
黒いチャドルに身をつつんだ少女は、その下に黒白の横縞模様のTシャツを着て、スケボーに乗っている。彼女の部屋には1980年代のアーティストや『羊たちの沈黙』など映画のポスターがいっぱい貼られている。ポップなヴァンパイア。その奇妙な味わいと美しいモノクロームの画面は、ジム・ジャームッシュの映画を思いださせる。
アラシュが少女にピアスをプレゼントして耳に穴をあける。痛みが走った瞬間、少女は思わず牙が出てしまい、それを隠すため顔をそむける。その官能が素敵だ。ここらあたりはデヴィッド・リンチ『ツイン・ピークス』の気配か。
アナ・リリ・アミルプールはイギリスに生まれ、幼いときフロリダに移ってきた。12歳のときから映画を撮り、UCLAの映画学部を出ている。そんな映画少女だったからこそ、いろんな映画の痕跡が見えるんだろうな。それと彼女の出自であるイランの音楽と言葉。異質なもの同士が混じり合ってこういう映画が生まれた。
イランは、最近でこそ融和に向いつつあるとはいえ、長いこと対立していた国。政治とは無関係にいろんな国からの移民を受け入れ、才能ある人間には資金が集まり、こういう作品が出てくる。そこがアメリカ映画の、ひいてはアメリカという国の懐の深さであり強みでもあるんだろう。
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