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August 13, 2015

『野火』 鮮烈な緑の中の酸鼻

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Fires on the Plain(vewing film)

大岡昇平の『野火』や『レイテ戦記』を読んだのはずいぶん昔のことになる。映画『野火』を見て初めて気づいたのは、文章を読んだときはうかつにも想像力が働かなかったけど、舞台になるレイテ島の熱帯雨林の鮮烈な緑だった。活字を読んだとき立ちあがってきたのは、黒く暗い密林。その頃は熱帯雨林のことをよく知らなかったせいもあるし、小説が描写する絶望的な状況が読み手の心理に反映したせいもあるだろう。

熱帯雨林は背の高い常緑広葉樹やヤシ類が濃い緑をなしている。太陽の光が地表まで届きにくいので、下草は乏しく、ジャングルにならないので移動はそんなに困難ではない。『野火』の敗残兵たちが下草を刈ることもなく森を歩き回るのはそのせいだ。

これも大岡昇平を読んで知ったことだが、熱帯雨林は意外にも食料が乏しい。僕は日本の縄文の森からの連想で豊富な果実をつける樹があるんじゃないかと思っていたが、熱帯雨林には乾季がないので実がなることが少なく、栄養は根に行ってしまうという。焼畑で栽培されているのもイモ類やキャッサバ。『野火』の敗残兵たちもイモを食べている。彼らが食べる動物といえば山蛭に蛇に蛙(小説)。後は、住民が飼育している家畜を強奪するくらい。いや、もうひとつあった。『野火』が描写しているように「猿」を食う。

日本軍には兵站という思想が乏しく(新安保法制について、後方支援つまり兵站は紛れもなく戦争の一部なのに戦闘行為ではないと強弁する今の政府の説明に至るまで)、食糧は現地調達を原則としていた。アジアの熱帯雨林に放り出された日本兵の死者の大半は、餓死と栄養失調からくる病気によるものだった。飢えた敗残兵に残された選択は、略奪か、死か、究極の選択としての人肉食か。

レイテ島で米軍との戦闘に敗れ、統制を失った日本軍。肺病病みで食糧調達の体力もない田村一等兵(塚本晋也)は部隊を追い出され、野戦病院からも出ろと言われ、熱帯雨林を彷徨うことになる。田村は村で出会った現地の女に恐怖から発砲して殺してしまい、自責の念にかられて銃を捨てる。

敗残兵のリーダーである伍長(中村達也)は傷つき、田村に「俺のここを食っていいよ」と言って死ぬ。足を怪我したと称する安田(リリー・フランキー)は、若い永松(森優作)に銃を持たせ「猿」を撃たせて食糧にしている。田村は安田たちと行動を共にするが……。

原作は生と死の極限的な状況と、それを見ながらベルグソンやドストエフスキーの一節を連想しベートーベンの曲を思う田村の哲学的内省とが交錯するけれど、映画は内省の部分を思い切りよく捨て、熱帯雨林の強烈な緑と、動物になった兵たちと死してモノとなった元人間たちの姿をひたすら描き出す。映画の田村は「インテリさん」と呼ばれるけれど、機転のきかないぼさっとした老兵でしかなく、塩を手に入れ偶然生き延びることから戦場の酸鼻を目撃することになる。

塚本晋也のこれまでの作品からして、一歩間違えればスプラッターかゾンビ映画に間違われかねないような死体の描写。内臓に湧く蛆虫。食えないので捨てられた手足。敵の米兵はトラックとサーチライトと銃弾でしか表されず、ひたすら強烈な緑のなかで死んでゆく敗残兵たちを追う。時折、緑のなかに立ち上る野火の煙が印象に残る。

僕は市川崑版『野火』を見ていないけれど、市川版はモノクロで、しかも御殿場でロケされている。当然のことながら、熱帯雨林の緑はない。名作として評価が高いけど、そこだけは塚本版に譲らざるをえない。

リリー・フランキーがいやらしい日本兵を演じて絶品。塚本晋也は「唯一残念なのは、自分が主演であること」と言っている(シネマトゥデイ「『野火』への道)。主演の田村役には人気俳優を起用してたくさんの人に見てもらいたかったが、名のある俳優を100日拘束し、フィリピン・ロケするのは資金的に無理だったという。

製作に当たって資金を募ったが、応ずる会社は現れなかった。金銭的なことだけでなく、「戦争を懐疑的に描くこと自体が難しくなってきている」(同前)とも感じたと言う。結局、塚本監督のプロダクションの自主製作映画となった。塚本が製作、監督、脚本、撮影、編集、主演と6役を兼ねているのはそういう理由からだ。

ロケはミンダナオ島で行ったが、フィリピンへ行ったのはスタッフ・キャスト含めてわずか4人というのに驚く。あとは似た風景がある沖縄と、大がかりな爆発シーンは東京近郊でロケした。映画としての濃密な出来とともに、「極限の小さい映画」として完成にこぎつけ、ベネツィア映画祭にセレクションされたことにも拍手を送りたい。

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