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July 03, 2015

『海街diary』 言葉にならないもの

200
Our Little Sister(viewing film)

土曜日の午後、有楽町マリオン。大きな劇場だけど、客席は7割方埋まっていた。客層は若いカップルから高年者までさまざま。暗闇の中で、ときおり暖かく穏やかな笑いが広がる。こういう感じは近ごろあまり経験したことがない。こんな空気を感じたのはいつだったろうと考えてみたら、子供のころ母親に連れられて松竹系の映画館に行き、東映時代劇ファンだった子供には面白いと思えなかったホームドラマを見せられたときの劇場の雰囲気に近い。

是枝裕和監督の映画には家族をテーマにしたものが多い。でも、どちらかといえば海外の映画祭に出品され単館ロードショー系の映画館で公開されるタイプの作品で、たくさんの観客を集めるメジャーな映画とは別ものだった。それが『海街diary』の、これまでの作品からの変化だろう。

この映画の主役は、いちども姿を見せない死んだ父親である。4人の娘たちも元妻も、不在の父親とのそれぞれの関係を生きている。でも父親が画面にいちども映らないのと同様に、父親と彼女らの関係のいちばん深いところが言葉にされることはない。

鎌倉の三姉妹の家に腹違いの妹・すず(広瀬すず)がやってくると、三女の千佳(夏帆)が部屋の中で釣竿を出し、ヘラブナがかかった瞬間の手首の返しを練習している。父親がすずの母親と関係ができて出奔したとき、千佳は小さかったので父親の記憶がほとんどない。千佳は妹のすずに父親のことをさかんに聞く。

話のなかで、すずは父親に釣りに連れて行ってもらったことをしゃべる。それを聞いた瞬間、夏帆は見る人が気づくか気づかないか程度にちょっと頬をゆるめる。でも二人の間で、それ以上の会話はない。言葉にはされないし、千佳の表情をクローズアップすることもないけれど、釣りの趣味が父親ゆずりだったこと、幼い頃に父親の釣り姿を見ているに違いないと悟った千佳が父親との絆を確認するさりげない、でも素晴らしいショットだ。

そんなふうにこの映画には、言葉や映像の技によらずに人と人の関係を語る繊細で、優しいショットに満ちている。

次女の佳乃(長澤まさみ。色っぽい)は、若い恋人のアパートから朝帰りするような生活を送っている。しっかり者の長女・幸(綾瀬はるか)の小言を受け流し、縁側にだらしなく寝そべって幸やすずが庭仕事するのを見物していたりする。地方銀行に勤める佳乃は仕事が外勤に変わり、上司の坂下(加瀬亮)と顧客の家を訪ねる日々になる。佳乃と坂下は、仕事が終わって海岸に腰かけて休んでいるときも仕事の話しかしないけれど、やがてこの二人が恋人同士になりそうな気配をそこはかとなく感じさせる。

佳乃のだらしない生活も、三人の女性を次々に乗りかえた父親の影を無意識に引きずっているだろう。でも、すずと同居するようになったことをきっかけに、佳乃も生活を変えようとしているように見える。これもまた言葉にされないけれど、新しく買ったビジネス・スーツを身体に当ててみるショットで暗示されている。

『海街diary』では、大事なことはことごとく言葉にされない。クローズアップやモンタージュによってそれが強調されることもない。それは是枝監督の映画に昔からあったけれど、この映画ではそれが完成形になったように思える。

よく是枝作品への小津安二郎の影響が言われるけれど、僕はあまりそう感じたことがない。僕の印象では、小津映画はセリフ劇で、親と娘にしろ舅と嫁にしろ、対話によって物語が進んでいく。小津映画の余韻はそういうことではなく、物語と無関係な風景を挟む「空(から)ショット」を効果的に使ったりすることから生まれると思う。

また『海街diary』は鎌倉の古い日本家屋が舞台になって、いかにも小津映画。でも部屋のなかのショットの多くは斜めからの視覚で、ローアングルで襖や鴨居を正面から捉える「小津の画面」は意識的に避けられている。

鎌倉が舞台になっていたり、嫁き遅れた娘が出てきたり、いかにも小津安二郎の設定と似ているのは原作のマンガの設定だろうから、小津と是枝というより、小津と原作者・吉田秋生の影響関係を考えるほうがいいだろう。でも、これは確かに小津だなあと思ったのは佳乃と坂下が鎌倉海岸で石畳に座って話すショット。これは『東京物語』の熱海海岸の堤防で笠智衆と東山千栄子が話すのと同じ構図だった。

もうひとつ、元妻役の大竹しのぶが小津映画の杉村春子みたいに出てくるのには笑ってしまった。なんのかの言っても、やはり是枝裕和と小津安二郎は重ねて考えてみたくなる。


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