『サンドラの週末』 マリオンの微笑み

Deux Jours, Une Nuit(viewing film)
ドキュメンタリー映画出身のダルデンヌ兄弟がつくる映画は、実際にどう撮影されているのかはわからないけど、人の動きや出来事を1台のカメラで追いかけているように見える。だから視点が切り替わる切り返しのような手法は使われない。さらには、映している対象を強調するクローズアップもない。ストーリーとは無関係に風景や物を映す(それによって何らかの感情を喚起したりする)こともない。画面の背後で音楽が流れることもない。
劇映画を劇映画たらしめているそういう技をほとんど使わず、人物を近くも遠くもない距離、バストショットからせいぜいフルショットで捉えて彼らの動きを素っ気なく追ってゆく。『サンドラの週末(原題:Deux Jours, Une Nuit)』もそのように撮られている。だからだろうか、映画が映画である最少限の部品だけに切り詰められているという感触の作品だ。
ソーラーパネル工場で働くサンドラ(マリオン・コティヤール)が解雇を言い渡される。社長は言う。社員1人当たり1000ユーロ(約14万円)のボーナスを支給するにはそうせざるをえない、ボーナスなしかサンドラ解雇のどちらを選ぶかの投票で、16人の社員はサンドラの解雇を選んだ。投票には管理職の干渉があったという同僚の口添えで、週明けにもう一度投票してもいいと社長は譲歩する。鬱病から職場復帰したばかりのサンドラは、レストランで働く夫のマニュ(ファブリツィオ・ロンジォーネ)に励まされ、自分が職場に残れるよう投票してほしいと同僚たちの自宅を訪ねてまわることになる……。
舞台はベルギーの工業都市、リエージュ。美しい風景も歴史ある街並みもない。20世紀の懐かしさを感じさせる工場風景もない。リエージュは古都だけど、そういうものをあえて映さないんだろう。郊外ののっぺりした風景に、登場するのは中・下層の労働者たち。
社員の誰もが生活は苦しく、ボーナスがほしい。娘の大学資金の当てにしたり、滞納している光熱費に当てるつもりだったり。サンドラも同僚の苦しさはわかっている。親しい同僚は居留守を使って会おうとしない。でもひとりひとり会って話をしていると、ある社員はボーナスを選んだことを悔いているとサンドラに告げる。ある社員は、夫の反対にもかかわらず彼女に投票すると言う。臨時雇いの社員も、怖いけど彼女に投票すると約束する。
サンドラが社員と顔を合わせることで、何かが変わりはじめる。組織のなかの決めごとでなく、互いにひとりの人間として相対して自分の思いを伝えることで生まれてくる何ものかが、人を動かす。ダルデンヌ兄弟はその瞬間を見つめているようだ。
マリオン・コティヤールがすっぴんで、いつものコケティッシュな魅力は陰を潜めている。最初のうち、眉をしかめていることが多い彼女だけれど、それだけに最後の微笑みが美しい。

Comments
この記事を拝読して、「サンドラの週末」を観ました。
貴ブログのNY編が好きです。
これからのご更新も楽しみにしています。
僭越ながら私のささやかな旅行記も、ご一読くだされば大変嬉しく思います、
Posted by: Jun | June 20, 2015 12:54 AM
コメントありがとうございます。
NYのブログも読んでいただいているとのことで感謝です。
大陸横断の旅行記拝見しました。なかなかできないことですね。
私は運転をしないので、旅は列車か飛行機でした。車の旅もやってみたかったのですが、羨ましいです。
Posted by: 雄 | July 03, 2015 10:48 PM