『リベンジ・オブ・ザ・グリーン・ドラゴン』 中国系マフィアの青春
Revenge of the Green Dragons(viewing film)
『リベンジ・オブ・ザ・グリーン・ドラゴン(原題:Revenge of the Green Dragons)』のプロデューサーはマーティン・スコセッシ。スコセッシといえば、ニューヨークでイタリア人少年たちがマフィアになってゆく『グッドフェローズ』や、同様にアイルランド・マフィアを描いた『ギャング・オブ・ニューヨーク』といった叙事詩的なギャングものをつくっている。スコセッシだけでなく、ドン・コルレオーネの父が9歳でアメリカに上陸するところから始まる『ゴッドファーザー PartⅡ』やユダヤ少年がマフィアになる『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』など、ニューヨークのギャング成長物語には名作が多い。
でも、いまやニューヨークで最大のエスニック集団となった中国系マフィアを素材にしたものといえば、1980年代の『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』くらいしか思い浮かばない。その意味でこの映画は、生まれるべくして生まれた作品。雑誌『ニューヨーカー』に掲載された中国系密入国ギャングのノンフィクションを原作に、中国系アメリカ人のアンドリュー・ロウが脚本・監督を務める。共同監督に香港から『インファナル・アフェア』のアンドリュー・ラウ監督を呼んだのは、スコセッシが『インファナル・アフェア』のハリウッド版『ディパーテッド』をつくった縁からだろうか。
映画の舞台はマンハッタンではなく、クイーンズ区フラッシングのチャイナタウン。マンハッタンのチャイナタウンは今では隣接するリトル・イタリーも飲み込んで膨れ上がっているが、1970年代から合法非合法に入国する中国人が激増し、彼らはマンハッタンだけでなくブルックリンやクイーンズのフラッシングにもチャイナタウンを形成した。フラッシングにはまず台湾系中国人が住み、次いで広東系中国人が住み、その後は中国各地からやってきて、今では色んな系統の中国人が入り乱れ、北京語が話される街になっているようだ。
1980年代、密入国した孤児のサニー(ジャスティン・チョン)は、マフィアの女ボスの命令で中華レストランで働く女性に預けられ、女性の息子スティーブン(ケヴィン・ウー)の弟のように育てられる。やがて二人は密入国マフィアの女ボスの息子・ポール(ハリー・シャムjr)をリーダーとする青龍(グリーン・ドラゴン)のメンバーとなって、対立する中国系マフィアと抗争を繰り広げる。
青龍には掟がある。相手を襲うときは頭を狙うこと。目撃者を残さないこと。白人を殺さないこと。なぜなら、中国人同士が殺しあっている限り警察は本気にならないが、白人が殺されると徹底的に捜査することになるから。スティーブンが誤って白人を殺したことから、青龍は警察と密入国組織を追うFBI捜査官ブルーム(レイ・リオッタ)の手入れを受けることになる。ボスのポールは跳ね上がりのスティーブンを始末し、裁判で証言台に立ったサニーの恋人・ティナ(シューヤ・チャン)の命も狙う……。
自分の叔父を襲って金を強奪し、仲間が家族を強姦するのを見たスティーブンが、咎めるような目つきのサニーに「痛みを感じていないと思うのか」とつぶやくシーンがある。スティーブンは「この国で中国人はクソでしかない」とも言う。
アジア系なかでも中国系の人間に対してアメリカ人の視線が冷たいのは、僕も1年間暮らして感じたことがある。ニューヨークをはじめ都市部では中国系の人間や居住地域が目に見えて増えていると感じられるし、日常使うモノにもメード・イン・チャイナがあふれている。そういうことに対する何となしの反感がたいていのアメリカ人にはあって、なにかというと中国人の悪口が口をついて出てくる。「チャイナタウンは臭い」というアメリカ人もいて、確かに地下鉄から地上に出ると独特の匂いはあるけれど、チャイナタウンが好きで週に何度も通った僕はそういう発言を悲しく聞いた。
孤児のサニーはチャイナタウンで育ち、マフィアの仲間になり、やがてボスの命で兄貴分と恋人を殺されて復讐に立つ。「僕はこういうふうにしか生きられなかったんだ」というサニーの叫びと悲しみが、映画を通底している。アメリカ映画ながら、アンドリュー・ラウ監督の手で香港ノワールのたっぷりした情感が加えられて、それが同じ東洋人である僕にはぐっとくる。
『インファナル・アフェア』シリーズもそうだったけど、短いカットをつなぐ激しいアクションと、じっくり情感を醸し出すシーンが交互にやってくる。地下鉄7ラインの高架が道路上を走るフラッシングのチャイナタウンでの抗争。一方、サニーが恋人のティナと会うのはイーストリバー沿いの空き地で、川にかかるクイーンズボロ橋やマンハッタンのエンパイア・ステート・ビルが遠く見えている。サニーはもしかしたらマンハッタンに一度も足を踏み入れたことがなかったのではないか。そんな中国系マフィアの青春が痛い。
この映画、アメリカでの評価は低く、興行的にも惨敗したらしい(wikipedeiaによると500万ドルの予算に対し興収6万ドル)。中国マフィアの話は、作品の出来とは関係なく今も観客の関心を引かないのだろうか。
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