『バードマン』 映画と舞台 微妙な関係
落ちぶれたかつてのスターが過去の栄光を求めて何事かに挑む物語は、『サンセット大通り』以来、映画に限らずスポーツなども含め繰り返しつくられる定型のようになっている。近年ではミッキー・ロークがドサ回りの老プロレスラーを演じた『レスラー』が出色の出来だった。
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡) 原題:Birdman or (The Unexpected Virtue of Ignorance)』もそのジャンルに属する。グロリア・スワンソンやミッキー・ロークというかつてのスターが老いさらばえた肉体を晒して熱演し、それによって劇中と現実の自身の復活を二重に賭ける構造は、この映画にも共通している。今回は1990年代に『バットマン』シリーズに主演したマイケル・キートンが人気を失った映画スター、リーガンを演ずる。
リーガンが復活を賭けて挑戦するのはブロードウェーの舞台。しかも純文学ぽいレイモンド・カーヴァーを舞台化した現代劇で、それを自身で脚色・演出・主演しようとしている。いわば人気商売の映画スターからアーチストに生まれ変わろうとしている。そこからくる映画界と演劇界との微妙な関係、嫉妬と羨望と反目と皮肉に満ちた業界人たちのうごめきが面白く、内幕ものめいた映画にもなっている。
演劇界でリーガンのいわば敵役になるのが舞台の準主役マイク(エドワード・ノートン)と、ニューヨーク・タイムスの辛口の批評家タビサ(リンゼイ・ダンカン)。マイクはメソッド演技を習得した典型的な舞台俳優。ことあるごとに元スターのリーガンに絡む。リーガンもまた鼻っ柱の高いマイクにつっかかる。メソッド演技は高名なアクターズ・スタジオで教える演技法で、役者の実体験や役柄の内面を追体験して自然でリアルな演技を良しとする。映画界ではポール・ニューマン、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロといった名優たちがここの出身として有名だ。
映画は、そこここでアクション映画へのオマージュと演劇界への皮肉に満ちている。マイクが舞台のベッドの中で勃起し、ブロドウェー初体験の女優レズリー(ナオミ・ワッツ)に客の前で本番をやろうともちかけるあたりは「リアル」を求めるメソッド演技への皮肉だろうか。あんたの舞台を公演打ち止めに追い込んでやると宣言した批評家のタビサが、リーガンが舞台で本物の銃を発射すると掌を返したように「スーパー・リアリズムだ」と絶賛するのも然り。
リーガンには事あるごとにバードマンの過去の栄光の記憶が蘇り、やがてバードマンが実際に画面に現れてリーガンの背後に寄り添い、リーガンを鼓舞するようになる。
映画の最初のショット、楽屋で座禅を組んだリーガンが宙に浮いている。リーガンの脳内風景なのか、リーガンには現実がこんなふうに見えているのか。その世界ではリーガンはバードマンで、バードマンのリーガンが腕を一閃すれば車は爆発するし、ヘリは破壊され墜落する。空も飛ぶ。巨大な怪鳥がブロードウェーの劇場の屋上で翼を広げている。アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督の映画への、あるいはアクション映画への愛──イニャリトゥ自身はそういう映画をつくらないけど──を感じさせて素敵だ。
イニャリトゥ監督の冒険は、映画全体をまるで一台のカメラで撮ったようにつくったこと。冒頭、出番で楽屋から舞台へ歩くリーガンを手持ちカメラが追う長いショットで(『レスラー』の冒頭も同じだった)、次のショットへの切り替えが人の背中などで一見わからないようにつながれている。
映画の大部分は劇場の中で撮影されている。実際にブロードウェーのセント・ジェームズ劇場を公演の合間に1カ月間借りて撮影したそうだ。古い劇場は舞台も舞台裏も意外に狭いから大変だったろうな。撮影は監督と同じメキシコ出身で、『ゼロ・グラビティ』のエマニュエル・ルベツキ。
もうひとつの冒険は、音楽が全編ドラム・ソロでつくられていること。画面にも登場して路上で楽屋でドラムを演奏するアントニオ・サンチェスの攻撃的な音がリズムをつくる。そのために、例えば『レスラー』ではミッキー・ロークの哀しみが際立ったけど、リーガンはどんなに追い詰められても挑戦的に見える。白ブリーフ一丁でタイムズ・スクエアを歩くリーガンは滑稽ではあっても哀れさはない。
ラストシーン。舞台で自らを撃って怪我し入院したリーガンの姿が見えなくなる。娘のサム(エマ・ストーン)が病室の窓から身を乗り出してまず下を見、それから上を見て微笑む。ハッピーエンドの映画とは言えないけれど、観客もサムとともに空を飛ぶバードマンを幻視している。
Comments
私はこれ好きですねー。
何とも絶妙な皮肉も交えながらの愛情というか。
それにあの長回しですよね。お見事でした。
Posted by: rose_chocolat | May 02, 2015 04:37 PM
僕もこの映画好きです。
いろんな感情が複雑に絡み合うからすかっとはしませんが、その微妙さがいい感じでした。
狭い劇場の舞台裏でこの撮影は大変だったでしょうね。
Posted by: 雄 | May 02, 2015 05:15 PM