『二重生活』 霞んだ街
ロウ・イエ監督が2006年につくった『天安門、恋人たち』は中国国内での上映禁止と、5年間映画製作停止の処分を受けた。北京の大学に入学した女子学生が激しい恋をし、天安門事件に遭遇する。天安門事件を描いたことも、中国映画ではたぶん初めての激しいセックス・シーンも、ともに検閲に引っかかったのは間違いない。もっとも映画を見たかぎり、政治映画ではなく恋愛映画の印象が強かった。
5年間の製作停止処分が解けてロウ監督が中国でつくった『二重生活(原題:浮城謎事)』は、監督の関心が政治ではなく男と女にあることをくっきりさせる。『天安門…』もそうだったように、激変する中国の現実のなかでもみくちゃにされる男たち女たち。
ヨンチャオ(チン・ハオ)と妻のルー・ジエ(ハオ・レイ)は会社を経営する裕福な夫婦。一人娘と幸せな家庭を営んでいる。でもヨンチャオには秘密の愛人サン・チー(チー・シー)がいて、2人の間には男の子までいる。ある日ルー・ジエは、娘の幼稚園のママ友であるサン・チーが夫の愛人であることを知る。ヨンチャオはほかにも若い女子学生シャオミンと遊んでいるが、シャオミンは事故死。その死に疑いをもったトン刑事は周辺を調べはじめる……。
シャオミンはなぜ死んだのか。誰が殺したのか。そこから生まれる次の犯罪。全体がミステリー仕立てになっているけれど、監督が描きたいのはそこではないみたいだ。ヨンチャオが営む二つの家庭。マンションに暮らす富かなルー・ジエと、古びた町に暮らす貧しいサン・チー。彼は両方の家を行き来して二重生活を送っている。もっとも、監督はその三角関係にも深入りしない。じっくり描けば、犯罪などなくてもそれだけで1本の映画になる。3人の心理描写をこってり描くことをしないから、死んだシャオミンを含めて男たち女たちが都会をあてどなく彷徨っている感じが滲んでくる。それが監督のスタイルなんだろう。
どうやら資産家なのは妻ルー・ジエの実家らしい。ルー・ジエの自信はそこから来ているんだろう。ヨンチャオは選択を迫られている。今は変わったとはいえ、一人っ子政策がこの映画の背後にあるのだろうか。ヨンチャオの母親は、女の子を産んだ嫁のルー・ジエではなく、男の子を産んだ愛人のサン・チーのほうに好意を持っている。ヨン・チャオの選択に母の態度が影響を与えたようにも見える。
舞台は北京よりひどくPM2.5に汚染された大都会の武漢。ヘリの空中撮影が映し出す街はいつも霞みがかかっている。澱んだ空気と、そこに降る激しい酸性雨が印象的だ。そのどんよりした空気はヨンチャオやルー・ジエやサン・チーのものでもあるように感じられた。
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