重森三玲の庭
Japanese Karesansui garden by Shigemori Mirei
ボランティアの用事で大阪へ行った翌日、京都へ回って昭和の庭園家、重森三玲(みれい)の庭を見てまわった。まずは東福寺へ。この寺の方丈庭園は重森三玲の代表作といわれる。
南庭は210坪の枯山水庭園。白砂の海原に浮かぶ、仙人が住む蓬莱島を表しているという。
同じ南庭の反対側。五つの築山があり、白砂と苔は直線で区切られている。
重森三玲(1896~1975)は日本画を学び、勅使河原蒼風らと新興いけばな創作研究にかかわった後、独学で作庭家になった。
西庭。三玲が東福寺の庭をつくることになったとき、ただひとつ「旧本坊内にあった材料をひとつも廃棄せず再利用すること」という条件をつけられた。その制約が、三玲にさまざまな工夫をうながした。
旧本坊にあった敷石の縁石を利用してつくられた市松模様。四角い縁石のなかにサツキが植えられている。庭ができた当時はサツキの高さは3センチほどだったというから、今よりずっとすっきりした市松模様に見えたろう。
北庭。旧本坊に敷かれていた切石を使った、やはり市松模様の「小市松の庭園」。
東福寺にはもうひとつ、三玲がつくった庭がある。いつもは非公開の龍吟庵の庭だけど、この日は特別公開で見ることができた。
龍吟庵の名にちなんで、龍が海中から昇天する姿をかたちどった石組みの庭。白砂は海を、黒砂は黒雲を表しているそうだ。
龍吟庵は室町時代初期に建てられた、現存する最古の方丈建築(国宝)。三玲の庭は1964年に作られた。
京阪電車で東福寺から出町柳へ。京大正門前から吉田神社近くの重森三玲庭園美術館まで歩く。雨が落ちてきそうな空模様だったけど、そんなに寒くない。
ここはもともと吉田神社の社家だったものを、戦争中に三玲が譲り受け、庭をつくった。建物は江戸期のもの。書院から庭を見る。
元の庭の植木を生かした枯山水。三玲の庭は、モダン・デザインのセンスを生かした枯山水とでも言ったらいいのかな。
三玲が設計した茶室。ここにも市松模様が。
« 酒場でドイツ歌曲を | Main | 新京極の地蔵尊 »
Comments