『はじまりのうた』 ロウワー・イースト・サイドの街角
ニューヨークを舞台にした音楽映画というと、たいていグリニッジ・ヴィレッジが中心になる。1950~70年代にかけて、ジャズにしろフォークにしろライブハウスはヴィレッジに集中していたから。ジャズならヴィレッジ・ヴァンガードはじめいくつものライブハウスがあるし、『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』が描いたようにフォーク・リバイバルはヴィレッジを中心に盛り上がった。ビートニクもここで生まれたし、ヴィレッジは「特別な場所」(作家のローレンス・ブロック)だった。
でも『はじまりのうた(原題:Begin Again)』ではヴィレッジではなく、その東南でチャイナタウンに隣接したロウワー・イースト・サイドが主な舞台になっている。それが印象的だった。金のない若者やアーティストの生活圏がこちらに流れてきているからだろう。
もともとロウワー・イースト・サイドは貧しい移民が住んだ場所で、照明も暖房もない劣悪なかつてのアパートがテネメント博物館として保存されている。でも1990年代以降、ジェントリフィケーションと呼ばれる「高級化現象」で中流階級や若者が住むようになった。今では若者の街として、おしゃれなレストランやショップ、ライブハウスも多い。
コンドミニアムを飛び出したグレタ(キーラ・ナイトレイ)が転がりこむ売れないミュージシャンのアパートは、地下鉄エセックスSt.駅で乗り降りしているところを見るとロウワー・イーストサイドにある。グレタと音楽プロデューサーのダン(マーク・ラファロ)が初めて出会うライブハウスも、現実にこの地域にあるアーレンズ・グローサリーだ。
このライブハウスでグレタとダンが初めて会うシーンが三度繰り返される。見る者は、一度目は主人公の出会いだとしか分からないけど、二度目までにグレタのその瞬間までのいきさつが描かれ、三度目までにダンのいきさつが描かれる。
グレタの恋人であるミュージシャンのデイヴ(アダム・レヴィーン)がメジャー・デビューして売れっ子になり、他の女性のために歌をつくった彼と喧嘩して、グレタはコンドミニアムを飛び出し、ロウワー・イースト・サイドのミュージシャン仲間のアパートに転がりこむ。ダンは、自分がつくったレコード会社の共同経営者が売れ筋優先の方針を取るのと衝突して会社をクビになり、妻や娘のバイオレット(ヘイリー・スタインフェルド)ともうまくいっていない。三度目の出会いで、そういう二人であることがわかる。
ステージのグレタがギター一本で歌う場面も繰り返し出てくる。三度目のシーンでは、それを聞くダンが、グレタの歌にどんなアレンジでどんなバックをつけるか想像する音がかぶさってくる。いいシーンだ。グレタの歌にほれ込んだダンはデモをつくろうとするが、スタジオを借りる金もなく、ニューヨークの街なかで録音することを考える。
ニューヨークのランドマークであるいろんな場所でのライブ録音のシーンが、音楽をたっぷり聞かせて、なんとも気持ちいい。
エンパイア・ステート・ビルが背後にそびえるビルの屋上(ビートルズのドキュメンタリー『レット・イット・ビー』の屋上での演奏を思い出す)。ワシントン・スクエア・パーク、ロウワー・イースト・サイドの路地、ユニオン・スクエアの交差点、チャイナタウン、セントラル・パーク。パトカーのサイレンや子供たちの声やいろんな町の音も録音される。有名な場所も、名も知れぬ街角も、ダンが言うように、音楽によって「陳腐でつまらない景色が美しく輝く真珠になる」。
曲はグレッグ・アレキサンダー(ニュー・ラディカルズ)と脚本・監督のジョン・カーニーの手になる。カーニー監督はアイルランドでロック・バンドのベーシストだったそうだ。道理で音楽のツボを心得てる。キーラ・ナイトレイの歌も、いかにもフォークの感じが出てる。楽しい映画でした。


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