『さよなら歌舞伎町』 抱きしめたい

Good-bye Kabuki-cho(viewing film)
ふた昔、いやもっと前のことになる。5社体制が生きていて、プログラム・ピクチャーが毎週大量に公開されていたころ、鳴り物入りの大作や問題作ではないけれど、すごくよくできたエンタテインメントに遭遇したときの嬉しさには格別のものがあった。東映なら加藤泰、大映なら三隅研次、日活なら藤田敏八や神代辰巳といった監督たちの映画にその確率が高かった。高度な職人の技と作家の魂をともに持った彼らの映画こそ映画の王道だと思ったりした。
学生映画出身の監督が多いこの頃、『さよなら歌舞伎町』は昔のそんな喜びを思い出させてくれた。役者をうまく使ってたっぷり楽しませてくれるし、サービスも満点。これ見よがしの新しい手法は見せないけれど、見終わると監督や脚本家の思いがずっしり伝わってくる。そんな良きプログラム・ピクチャーのテイストをもっているのも当然といえば当然。監督の廣木隆一は5社ではないけれどピンク映画の現場で修業を積んでいるし、脚本の荒井晴彦は日活ロマンポルノ時代に何本もの傑作の脚本を書いている。
新宿歌舞伎町のラブホテルが舞台。3組6人のカップルを中心に、さらに何組かのカップルを周辺に配した「グランド・ホテル」形式の群像劇だ。
同居しながらセックスレスのカップル。徹(染谷将太)は一流ホテル勤務と嘘をついてラブホ店長。バンドをやっている沙耶(前田敦子)にはメジャー・デビューの話が来ている。韓国人カップル。チョンス(ロイ)は韓国料理店の厨房で働き、ヘナ(イ・ウンウ)はチョンスに内緒でデリヘル嬢をやっている。犯罪を犯して逃走中のカップル。里美(南果歩)は変装してラブホで働き、康夫(松重豊)は部屋に身を潜め時効を待っている。
徹が店長を務めるラブホに、いろんな客がやってくる。風俗スカウトマンと家出娘。部屋を借りたアダルト・ビデオの撮影で、徹は妹が出演しているのに出くわす(震災の話はくどいけど)。ここを仕事場にしているヘナは、シャブを持った客に身の危険を感じ助けを求める。大きなマスクをした刑事の不倫カップル。女刑事は従業員の里美が指名手配中であることに気づく。沙耶が「枕営業」で音楽プロデューサー(大森南朋)とやってくる……。
ラブホテルの外観とフロントは歌舞伎町の、室内は別のラブホテルで撮影されているから、つくりもの感はまったくない。映画の大部分は狭い室内シーンの連続で、それと気づかせないけど撮影と編集にはすごい職人技が発揮されてるはずだ。さらにいい感じなのは、カメラが外へ出て実際に歌舞伎町の路上でロケされていること(許可を取るのも撮影も、さぞ大変だったろう)。ヘナが「出勤」途中で出くわすヘイト・スピーチのデモ。街娼の殺人が起こるネオンのホテル街。里美が走って逃げる夜の歌舞伎町。この映画の真の主人公は街なのだ。
そしていつもながら感心するのは、廣木隆一が女優たちを美しく撮ること。前田敦子の弾き語りにはぐっとくるし、ヌードのイ・ウンウのきれいなこと。地味なおばちゃんを装う南果歩も、メガネの奥で瞳が輝いている。『柔らかい生活』の寺島しのぶや『軽蔑』の鈴木杏もそうだったけど、彼女らのいちばん美しいショットとして記憶に残るだろう。
荒井晴彦の脚本にはいつもどろっとした倦怠が漂って、その底流はこの映画でも変わらない。でも、ほのぼのと明るく仕上がっているのは共同脚本に若い中野太が参加しているのと、つじあやのの音楽のせいだろう。見終わって登場人物のみんなを抱きしめたくなる。とてもいい青春映画だった。
エンド・ロールが終わるまで席を立たないで。
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