『デビルズ・ノット』 町の空気
『デビルズ・ノット(原題:Devil's Knot)』は、1993年にアーカンソー州の小さな町ウェスト・メンフィスで起きた殺人事件に基づいてつくられている。原作は、マラ・リヴェリットの同名のノンフィクション。それ以外にも、この事件を追った『パラダイス・ロスト』というドキュメンタリー映画があり、これがTV放映されたことから冤罪事件ではないかと全米で激しい議論が巻き起こった。
ウェスト・メンフィスの町外れにある森の「悪魔の巣窟」と呼ばれる場所で、3人の小学生の死体が発見された。3人は全裸で手足を縛られ、暴行されていた。警察は確たる証拠のないままダミアン(ジェームズ・ハムリック)ら3人を逮捕する。ダミアンたちはいわゆるGOTH少年で、黒ずくめの服を着、へヴィーメタルの音楽を聞き、魔術に興味を持っていた。小さな田舎町では異端者で、浮いた存在だった。
捜査のなかで、殺された小学生の知り合いクリス(デイン・ディーン)が嘘発見器にかけられ黒と出たり、犯行時に血だらけの黒人が目撃されたり、何人かの不審者がいたが警察ははじめからダミアンらGOTH少年を犯人と決めつけていた。裁判になっても、裁判長や陪審員が町をおおうそんな空気に侵されている。
疑問を抱いた調査員ロン(コリン・ファース)は、少年たちの弁護士と協力して調査を始める。やがて殺されたスティービーの母パム(リース・ウィザースプーン)も少年たちの犯行に疑問を持っていることを知る。ある日、パムは思わぬ人間がスティービーのナイフを隠し持っていたことをロンに告げる……。
アトム・エゴヤン監督は、取り調べから裁判にいたる過程を丹念に、でも淡々と描いている。この淡々とした描写には理由がある。この事件はいまだ未解決で、犯人が特定されていないからだ。事件から10年以上たって弁護側の要求で現場に残された体液のDNA鑑定が行われたところ、一人の被害少年の継父のものと一致した。それを受けて検察と弁護側が取引し、GOTH少年たちは釈放されたが、警察は捜査をしないので犯人はいまだ不明のままなのだ(町山智浩『USAカニバケツ』による)。
これが純然たるフィクションならば、ミステリーの常道として主人公のロンが犯人をつきとめることがテーマになる。ロンがパムと協力して犯人を捜し出す、というのがクライマックスになるだろう。でも現実に真犯人が捕まっていないのだから、この映画ではそれができない。だからコリン・ファースもリース・ウィザースプーンも、主役といってもあまり出番がない。
そのかわり、小さな共同体が異端者を爪はじきし、悪魔崇拝者として血祭りにあげていくるさまを丹念に描きだす。閉じられた共同体を取り囲む空気と、意識せず魔女狩りに加担してゆく住民たちが真の主役かもしれない。殺された少年たちが渡った水道橋の映像が繰り返し写しだされ、じわっと締めつけられるような気配が、よく出ていた。
町山智浩はドキュメンタリーの『パラダイス・ロスト』を見て、この映画の背景をこんなふうに書いている。「町の空撮ショットがあるが、なんとトレイラー・ハウス以外に建物がない。事件の被害者も加害者もみんなトレイラー・ハウスの住人。一世帯の年収二百万以下のホワイト・トラッシュ(貧乏白人)。……貧しく、学歴も教養もなく、キリスト教を盲目的に信じ、悪魔を本気で恐れ、ヘヴィメタルやパンクを殺したいほど憎む」(前掲書)。このあたりはプロテスタント系福音派が多数を占める「バイルブ・ベルト」だが、ダミアンは少数派のカソリックということもあった。
ミズーリ州ファーガソンやニューヨークで丸腰のアフリカ系住民が白人警官に殺される事件がつづいて、人種差別だと抗議が巻き起こっている。「ウェスト・メンフィス3」と呼ばれるこの映画の3人の少年も、アフリカ系ではないけれど根っこにあるものは同じだろう。彼らは白人だけれど、悪魔の子というレッテルを貼られた。だが「デビルズ・ノット(knotは「結び目」であり「集団」でもある)」とは3人を指すのか、3人を生贄にしようとした住民を指すのか、どっちなんだろう。
これはアメリカだけの話じゃない。いろんな条件が違うとはいえ、差別と偏見は同じ。ヘイト・スピーチが公然と語られるこの国の問題でもある。


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