「種村季弘の眼」展へ
Eyes of Tanemura Suehiro exhibition
一カ月ほど忙しい日々がつづいて家と近所を歩くだけの生活だった。当然、映画も見られず、展覧会にも行けない。さすがに煮詰まってきて、今日は一日、出歩くことにした。
まずは昼前にさいたま新都心のシネコンへ。『ジャージー・ボーイズ』を見てクリント・イーストウッドの映画職人ぶりと60年代アメリカン・ポップスに酔いしれる。
午後は板橋区立美術館の「種村季弘の眼 迷宮の美術家たち」展へ。明日が最終日だけど、どうしても見ておきたかった。西高島平駅を降りると、今道子撮影になる種村のポートレートをあしらったポスターが貼ってある。開発から半世紀近くたって、新開地のまま古びてきた街並みを眺めながら首都高速の下を10分ほど歩くと美術館がある。最終日前日とあってか、けっこう混んでいた。
種村季弘が愛し、書きつづった奇想・異端の美術家たちの作品、絵画、彫刻、立体、写真、ポスター、書籍など百数十点が「迷宮」「夢の覗き箱」「エロス」「魔術的身体」「転倒」「奇想」といった種村ワールドのキーワードに沿って集められている。
種村季弘の文章を初めて読んだのは高校時代、雑誌『映画芸術』でだった。小川徹編集長のこの雑誌には斎藤龍鳳、虫明亜呂無はじめユニークな面々が寄稿していて、どちらかというと社会派映画好みだった高校生には目からウロコの世界が繰り広げられていた。種村季弘の文章は欧米のエンタテインメント映画を取り上げながら、いつの間にかギリシャ神話やら怪奇文学やら錬金術なんかの世界に入り込んでゆく。こういう世界があることを初めて知った。そのころのエッセイを集めた『怪物のユートピア』は今でもときどき拾い読みすることがある。
会場に入ったら奥の正面に中村宏の絵がかかっている。セーラー服の女学生をモチーフにしたシュールでエロチックな絵も種村季弘の文章で知った。印刷ではずいぶん見たけど、実物を見るのは初めて。赤瀬川原平の贋千円札も現物をはじめて見た。この展覧会でやはり初めて知ったのは、昭和にワープしたヒエロニムス・ボッシュみたいなトーナス・カボチャラダムス。「にこにこ元気町」「バオバブが生えたかぼちゃの箱舟」は奇怪でノスタルジックで批評的な細密画で、細部まで見入ってしまう。お、懐かしの上々颱風まで描きこまれてるぞ。
種村さんには一度だけお目にかかったことがある。週刊誌の書評欄を担当していたころ、『山師カリオストロの大冒険』が新刊で出て著者インタビューをお願いした。書くものに似合わず、穏やかで粋な雰囲気が印象的な方だった。
日常からかけ離れた世界に遊んで、久しぶりに心が浮き浮きした1日。
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