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August 10, 2014

『イーダ』 ポーランド映画讃

Ida
Ida(viewing film)

ポーランド映画は1950~60年代に黄金期があった。僕は高校時代にアートシアター会員になって、初期アートシアターがえこひいきするようにたくさん上映したポーランド映画、アンジェイ・ワイダ『夜の終わりに』、イェジー・カワレロウィッチ『尼僧ヨアンナ』『夜行列車』、アンジェイ・ムンク『パサジェルカ』なんかを見てポーランド映画にいかれた。

それらの映画の共通点を引き出してみると──戦争と戦後社会主義体制の歴史への深い懐疑、にもかかわらずそれをナマに表明しない(社会派の映画にしない)懐の深さ、見事なモノクローム映像、ジャズに象徴される西側文化への関心、といったところだろうか。一言で言えば、成熟した大人の映画だった。社会主義体制下でこういう映画がつくられていることが驚きだった。

予備知識なしに『イーダ(原題:Ida)』を見て、予告編が終わるとスクリーンがスタンダード・サイズに変わり、モノクロームの映像が映し出された。そのとき、これは昔見たポーランド映画じゃないかと思った。

人間の視覚はスタンダード・サイズより現在たいていの映画で採用されているヴィスタ・サイズに近いから、正方形に近い縦横比(1:1.33)のスタンダード・サイズは空間処理の仕方がむずかしい。だからこそ、かつてのポーランド映画もそうだったように監督とカメラマンはスタンダード・サイズをどう使うかの芸術的表現に力を傾けた。『イーダ』でも、空っぽの空間をうまく生かしながら映像を処理している。ここもかつてのポーランド映画と同じじゃないか。と思ったらジャズまで登場し、なるほどかつてのポーランド映画を意識的に引用しているんだなと分かった。

1962年、修道院で育ったアンナ(Agata Trzebuchowska)が、修道女としての誓いを立てる前に一人残された親戚の伯母ヴァンダ(Agata Kulesza)に会いにいく。社会主義下で判事として体制のために働いているヴァンダは、アンナの本当の名前はイーダ・レベンシュタインというユダヤ人で、両親は戦争中に殺されたと告げる。イーダ(アンナ)は、酒浸りで自堕落な生活を送るヴァンダの車に乗って両親が殺された場所を訪ねる旅に出る。途中、2人はヒッチハイクするサックス・プレイヤーのリス(Dawid Ogrodnik)を同乗させる……。

ロード・ムーヴィーふうな展開の後、リスはたどり着いた町のホテルで歌手の伴奏をする。深夜、イーダが酔ったヴァンダを部屋に残してライブの終わったホールへ降りていくと、リスが仲間とジャズを演奏している。流れてくるのはジョン・コルトレーンの「ネイマ」。コルトレーンが妻に捧げた美しいバラードだ。イーダは柱の影でリスの演奏に耳を傾けている。厳格な修道院で暮らすリスが初めて耳にしただろう音楽。それがイーダの心を溶かしてゆく。

この後、予想通りイーダとリスは惹かれあってゆくのだが、その表現がいかにも慎ましい。ちょうど『夜の終わりに』のカップルが夜のジャズ・クラブで一夜を明かした後の慎ましさと見合っているみたいに。ラブ・ストーリーの部分だけ取れば『夜の終わりに』と似た抑制と、厳しさを底にもちながらも温かなテイスト。2本の映画にジャズを演奏する場面が出てくることも共通している。ジャズが流れるのは『夜行列車』も同じだった。

また修道院が舞台になっていることでは『尼僧ヨアンナ』と同じ。第二次大戦中のユダヤ人殺害が素材になっているのは『パサジェルカ』と同じ(『イーダ』はナチスでなくポーランド農民による殺害だが)。『パサジェルカ』はナチスの収容所が舞台で、このテーマに正面から取り組んだ未完の傑作だったが、『イーダ』はそれを背景としながらも主題はあくまで少女の成長物語になっている。修道院へ戻ったイーダは修道女になる決心がつかず、もう一度、リスに会いにいく。

『夜の終わりに』のクリスティナ・スティプウコフスカ(高校時代に1本だけ見た女優の名前が50年後にすらすら出てくるのは、こっちも若かったからだな)も魅力的だったけど、『イーダ』のAgata Trzebuchowska(どう日本語表記するのか。公式HPにキャスト紹介がない)も意思的な眼差しがチャーミング。修道女の頭巾を脱ぎ、髪を見せ、修道服を脱ぐあたりの描写も抑えがきいて好ましい。酒飲みで男好きだった伯母の服を身につけ、不本意な生を生きた伯母の自堕落の訳も理解しようとする。

ラストシーン、イーダが修道院に向かって歩いてゆくのをここだけ手持ちカメラで長く捉える。そういえば、固定ショットばかりだった『灰とダイヤモンド』も最後だけいきなり手持ちカメラになったなあ(このショットがゴダールに影響を与えたのは有名な話)と、最後まで黄金期のポーランド映画を思い出した。

ポーランド出身でイギリスで映画をつくっているパヴェウ・パウリコフスキ監督の、先輩たちへの尊敬と愛がひしひしと感じられる作品だった。

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Comments

こんにちは。
私が思い出したのは違う映画だったのですが、その映画も古いポーランド映画に影響されていたのですね、きっと。
いつも読ませていただいていますが、その度に知らなかったこと、気づかなかったことを教えていただいています。
ありがとうございます。

Posted by: 真紅 | September 26, 2014 11:25 AM

50~60年代のポーランド映画はゴダールはじめヨーロッパ映画に大きな影響を与えていますものね。

真紅さんの映画の好みは私と重なるところがあるようで、いつも楽しみに拝見しています。

Posted by: 雄 | October 08, 2014 12:50 PM

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