『サード・パーソン』 三人称の男と女
『サード・パーソン(原題:Third Person)』の英語版ポスター(上)では映画のタイトルより大きくデザインされた“WATCH ME” という文字が目につく(なおthird personは「三人称」の意)。
パリのホテルでアメリカ人作家マイケル(リーアム・ニーソン)がひとり原稿を書いている。原稿を書きあぐねたマイケルの背後から、子供のような声が“Watch me”とささやきかける。マイケルが振り向いても、そこには誰もいない。この言葉は冒頭と最後に発せられるセリフであるだけでなく途中でも出てくる。映画のキーワードみたいなものだ。
パリとローマとニューヨーク。3組の男と女のお話だ。妻エレイン(キム・ベイシンガー)と別居中のマイケルは何人ものガールフレンドがいるが、今の恋人で作家志望のアンナ(オリヴィア・ワイルド)とは本気のようだ。でもアンナはアンナで、別に恋人がいるらしい。
服飾デザインを盗みにローマに来たスコット(エイドリアン・ブロディ)は、バーでロマ族のモニカ(モラン・アティアス)と出会って惹かれる。カネが払えずに密航させた娘を密航業者に人質に取られているモニカに、スコットはカネを用立てようとする。
ニューヨークで元昼メロ女優のジュリア(ミラ・クニス)は、息子を殺そうとしたとして息子から引き離されている。かつて客として泊まったホテルで客室係をしながら、息子への面会権をめぐって元夫で画家のリック(ジェームズ・フランコ)と調停中だが、次々にトラブルに見舞われる。
それぞれに過去の傷と不安を抱えた3組の男女の物語が並行して進む。ところがある瞬間から、それが交錯しはじめる。
ニューヨーク。ジュリアがホテルで仕事中に息子のことで携帯に緊急連絡があり、部屋のメモ用紙に行く先を書きつける。パリ。マイケルに妻のエレインから電話がかかり、部屋のメモ用紙に電話番号を書きつける。マイケルに不信をもつアンナが電話番号を書いたメモ用紙を手に取り裏を見ると、そこにはジュリアが書いたニューヨークの住所がある。現実にはありえないことで、この瞬間から観客は、これはなんなのかと惑いながら画面を眺めることになる。ほかにも顔を見せないバイクの男が何度も出てきたりするが、誰なのかは分からない。
そんな腑に落ちない引っかかりをかかえながら、話が進んでゆく。かつてマイケルが息子から目を離して原稿を書いている隙に息子が事故で死んでしまい、息子が最後にマイケルに言った言葉が“Watch me”だったことが分かってくる。ローマで、スコットは密航業者から身代金を吊り上げられ、業者とモニカが共謀しているのではないかと疑いながらも、2万ドルものカネを用立てる。ニューヨークで、ジュリアは弁護士との約束に遅れ息子への面会権は絶望的になる。
3つの都市の3組が最後で結びつく。アンナの近親相姦の過去を小説にしたらしいマイケルの原稿を読んで、アンナがマイケルから逃げ去る。雑踏のなかをアンナを追うマイケル。すると路上にはアンナだけでなく、モニカやジュリアの姿もある。
もっとも、だからといって観客が納得するように映画はつくられてない。謎は謎のまま。どう解釈したらいいのか。どうやら3組に共通するのは“Watch me”という言葉のようだ。“Watch me”と相手(夫婦、恋人、親子)に言われながらそれができなかった悔恨が、3組の男と女を苦しめているように見える。
ということは、3組の男女は同じ問題を抱えている相似形のカップルであるようだ。マイケルは作家で原稿を書いているから、ローマとニューヨークの2組は実はマイケルの小説の登場人物なのだという解釈もありうる。アンナがマイケルに「あなたは(小説のなかで)自分のことも三人称なのね」と言うシーンがあったり、最後にスコットとモニカの乗った車がすっと消え、スコットの妻の姿もプールのなかですっと消えることも、それを裏づける。
とはいえポール・ハギス監督はすっきりした解決を与えているわけじゃない。見る者がそれぞれに解釈しつつ、愛に惑う3組の男女が辿る結末を楽しめればいいんだろう。ただトリッキーな謎が核にあるだけに構成や小道具(頻出する水や白のイメージ)に目が行き、男たち女たちの心の内にまで入り込みにくかった。ハギスは脚本家としても素晴らしい。構成に凝った監督作品より、クリント・イーストウッドの映画や007のようなストレートで興奮させる物語を書く脚本家としてのほうが好きだな。
Comments
英語版ポスター、かっこいいですね。こっちの方がいい。
そうですね、これは"Watch me"が全てだったように思います。
2回観ました。最初はわからなかったことが、2回目で納得行ったり、よく作りこまれている作品だと思います。
Posted by: rose_chocolat | July 14, 2014 06:57 AM
このポスターは映画をよく見た上でのセンスを感じますね。これに限らず、外国映画の日本版ポスターは、配給会社がこの映画をどう売るかが表に出すぎているケースが多いように思います。
確かに分からないところがあります。2度見ればもっと分かるでしょうね。楽しめる映画でした。
Posted by: 雄 | July 17, 2014 10:18 PM