« June 2014 | Main | August 2014 »

July 26, 2014

浦和ご近所探索 雨宿りのバー

1407251w
at wine bar in neighborhood

散歩の途中、本屋で佐々木譲の新刊を買って外へ出、歩きだしたとたん大粒の雨が落ちてきた。一瞬にして雨滴がアスファルトに音を立てて跳ねる豪雨。散歩の途中ときどき寄るタリーズまでは距離がある。目についたbarのネオンサインに飛び込んだ。

ワイン・バー「ラ・スカーラ」。イタリア・ワインにイタリア料理の小皿。プロシュートの塊もある。酒もつまみもなかなかの本格派みたいだ。

雨が止むまでシシリー・ワインを一杯。スタッフは女性ばかりで、ワインを扱う会社に勤めていたが、バイトで勤めていたこちらが本職になってしまったと笑う。雨止まず、困った顔をしていたら、店にある透明傘を持っていっていい、と。ありがたく好意に甘えて、この写真は翌日返しにいったときのもの。散歩の途中でこんな魅力的な立ち寄り場所ができるのは、うーん、困ったもんだ。


| | Comments (2) | TrackBack (0)

July 25, 2014

「戦後日本住宅伝説」展

1407222w
Legendary Houses in Postwar Japan exhibition

わが家から歩いて5分の埼玉県立近代美術館で「戦後日本住宅伝説」展を見た(~8月31日)。観客は建築を学んでいるらしい学生が多く、メモを取りながら。

戦後を代表する建築家16人が設計した16の個人住宅が写真、動画、設計図、模型などで展示されている。丹下健三、清家清、東孝光、白井晟一、原広司、石山修武らのは自宅。建築家がキャリアの初期に自宅を設計することが多いのは、顧客への実物見本ということか、それとも日本では個人住宅を設計依頼されることがまだ少ないということか。代々木体育館や東京都庁など国家的建造物を手がけた戦後の代表的な建築家、丹下健三の自邸が木造なのは意外だった。1970年代までの設計で構成された今回の展示では、コンクリートや鉄を使った家が多い。

都会の個人住宅となると、狭いスペースをどう使い、自然(光や樹木)をどう取り入れ、また個人空間をどう確保して共用空間とバランスさせるかに誰もが苦心しているのが分かる。そこをどう処理するかが「戦後・住宅」のキモなんだろう。

ところで僕は築86年の和風住宅に住んでいる。畳と襖(障子)の、ぶちぬけば一つの空間になってしまう典型的な和風の間取りに、子供用の個室を2部屋増築してある。そこに不自由なく暮らしている身として、ここに展示されている家にお前は住みたいかと問われたら、住みたくないと答えるだろう。短期間ならともかく、10年、20年を生活する空間はなじみと安心がいちばんだと思うから。

展覧会のサブタイトルのように「挑発する家・内省する家」には住みたくない。トイレや風呂に入るのに外へ出なくてはならない安藤忠雄の「住吉の長屋」や、どこへいくにも階段を上下しなければならない東孝光「塔の家」に住めと言われたら、1週間で逃げ出してしまいそうだ。白井晟一の「虚白庵」は見事な空間だけど、ネーミングからして日常生活を前提としたものなのかどうか。

依頼主の「食べること・寝ること・排泄することが滑らかに行えること」を唯一の条件に設計された増沢洵「コアのあるH氏の住まい」が、外光がたっぷりはいる木造平屋住宅にさりげなく個性が主張されていて、この家なら住んでもいいと思った。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 24, 2014

『複製された男』 グレーの快感

Enemy
Enemy(viewing film)

『複製された男(原題:Enemy)』の冒頭、“Chaos is order yet undeciphered.(カオスとは未解読の秩序である)”という言葉が映し出される。見終わってみると、確かにその通りだと思う。カオスそのもののような映画。見る者はカオスを解読することを強いられるけれど、一本道の明快な解読ができるわけではない。解読しようとした末に、再びカオスのなかに放り出される。それが映画的快感になる。

大学の歴史教師アダム(ジェイク・ギレンホール)が映画のなかで自分そっくりな役者を発見し、その男が何者なのかに執着して、彼を探し始める。その男がアンソニー(ジェイクの二役)という役者であることをつきとめ、ホテルの一室で会うことになる。二人は声や顔がまったく同じであるばかりでなく、成人後にできた体の傷まで一緒であることに衝撃を受ける。アンソニーは、アダムと入れ替わってアダムの恋人メアリー(メラニー・ロラン)と一夜を共にすることをアダムに強要する。アンソニーの求めに屈したアダムは、アンソニーの妊娠中の妻ヘレン(サラ・ガドン)がいる彼のマンションを訪れる……(映画の最後になってほのめかされるが、実はこの二人が実在する本来のカップルかもしれない)。

映画の原題はEnemyだが、アダムにとってもアンソニーにとっても、敵とは自分とまったく同じ「もうひとりの自分」だ。自分と自分が敵対する物語。だからこれは全体がアダム(あるいはアンソニー)の脳内で語られた物語であるかもしれない。英語版のポスターはそれをビジュアル化しているとも取れる。ドッペルゲンガーものは小説でも映画でも数多いけど、これは古典的な謎解きや解釈を求めていないようなつくりに感じられる。とはいいつつ……。

心理的に自分が自分に敵対するのは、存在がなんらかの不安に苛まれている場合だろう。現実の自分を、心のなかの自分が受け入れがたい状況。それを暗示する、いくつかの鍵が散りばめられている。アダムは大学で教えているけれど、日本でいえば非常勤講師のように見え、そのことに満足しているようには見えない。アンソニーもまた妻が妊娠したこと、子供(ここにも、もうひとりの自分)ができることを喜んでいるようには見えない。またそのことで性的不満があるのか、怪しげな秘密クラブに出入りしている。

そうした不安を強調するように、映画のなかで何度か蜘蛛が出てくる。一度目は秘密クラブで、セクシーな女が運んできた皿の蓋をあけると、そこに蜘蛛がいる。女の赤いハイヒールが、それを踏みつぶそうとする。二度目は唐突に、ゴジラかモスラのように巨大な蜘蛛が都会の高層ビル群を踏みしだくショットが挿入される。さらに……。

もっとも、蜘蛛をアダムあるいはアンソニーが抱える不安の象徴などと解釈するのは野暮というもの。蜘蛛は蜘蛛である。そのいきなりの出現にぎょっとさせられ、揺さぶられればそれでいい。

蜘蛛以上に魅力的なのは、映画の舞台である都市そのものの風景だ。カナダのトロントで撮影されているらしいけど、オンタリオ湖を望む高層ビルの遠景や直線的なデザインの高層アパート群、NYや東京に比べれば人けの少ない街路の風景、脳内の神経のようにも見える市電の電線などが、グレーを基調とした単色の映像で捉えられている。どうやら撮影後にデジタルで色彩調整されているようだ。上のポスターにも再現されている、蜘蛛が高層ビルの間にいるショットなどを見ると、映画の主役は都市そのものかもしれないとも思う。

グレー基調の画面にふさわしく、タッチはクールそのもの。弦楽による音楽が導入部でサスペンスを盛り上げるが、後半になるとむしろ無音か、都市のかすかな騒音のみになってくる。それがまた快感だ。

クールなサスペンス、性的なものへのこだわり、不条理好み。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は同じカナダ出身のデヴィッド・クローネンバーグに通ずる資質をもっているみたい。この映画の後、ハリウッドに呼ばれて『プリズナーズ』をつくった(日本では公開が逆になったが)。これからも目が離せない。楽しみがまた増えた。

| | Comments (2) | TrackBack (10)

July 22, 2014

浦和ご近所探索 台湾茶芸

1407221w
lunch at Taiwanese tea house

北浦和駅前に中国茶を台湾の作法で飲ませる台湾茶芸「翡翠館」がある。

中国や台湾、香港に行くうち中国茶のおいしさに目覚めた。飲茶の店で出るプーアル茶もうまいし、半発酵茶の黄金桂も香りと味がいい。台湾の知り合いに頼んで梨山茶を送ってもらったこともある。だから翡翠館にも時々お茶を飲みにいく。オーナーは台湾の茶農園で修行した方らしい。10年近く前に開店したとき、大きなターミナルではない北浦和でいつまで続くのかと心配だったけど、ちゃんと営業をつづけている。

今日は珍しくランチでジャージャー麺。担仔麺もあったけど、先日、台南担仔麺を食べたばかりだったので。リーズナブルな値段、けっこうなお味でした。

サービスで出てくるお茶は決明茶という薬湯。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 19, 2014

万座の森

1407151w
forest of Manza

万座の牛池周辺は遊歩道が整備されているので、森のなかを散策することができる。もっとも、「熊に注意」の看板があるから、熊避けの鈴をつけてだけど。

1407152w

このあたりは標高1800メートル。コメツガ、シラビソなど針葉樹とダケカンバが多い。ほかに白樺やナナカマド。白樺の樹皮は白く、ダケカンバはちょっと黄色がかっている。1本だけだと区別がつきにくいけど、並んでいるとよくわかる。白樺が少ないのは標高が高すぎるから。

1407155w_2

枯れたコメツガの根からダケカンバの芽が出ている。こうやって森は生まれ変わっていくんだな。

1407153w

こちらはコメツガの倒木からコメツガの芽。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 18, 2014

一年ぶりの万座温泉

1407141w
visiting Manza Spa

一年ぶりに万座温泉にやってきた。

家人のリハビリのためで、散歩する以外は日に三度、温泉につかり、ごろりと横になってひたすら小説を読む。今回持ってきたのは桐野夏生『優しいおとな』、藤沢周平『義民が駆ける』、吉田修一『横道世之介』。三人のはたいてい読んでいるけど、読み落としていたもの。うーん、快楽ってこういうことなんだろうなという四日間。

1407142w

深夜、露天風呂につかる。白濁した硫黄泉につかり闇につつまれていると、心がゆるゆるとほぐれていくのがわかる。

1407143w

歩いて30ほど、万座峠まで散歩。この日は晴れ、俄か雨の予報で、雲が次々に湧いてくる。

1407144w


| | Comments (0) | TrackBack (0)

『グリニッチ・ヴィレッジにフォークが響いていた頃』を読む

Greenwich_dave
Dave Van Ronk“The Mayor of MaCdougal Street”(book review)

「ブック・ナビ」にデイヴ・ヴァン・ロンク回想録『グリニッチ・ヴィレッジにフォークが響いていた頃』の感想をアップしました。

http://www.book-navi.com/

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 13, 2014

『サード・パーソン』 三人称の男と女

Third_person
Third Person(viewing film)

『サード・パーソン(原題:Third Person)』の英語版ポスター(上)では映画のタイトルより大きくデザインされた“WATCH ME” という文字が目につく(なおthird personは「三人称」の意)。

パリのホテルでアメリカ人作家マイケル(リーアム・ニーソン)がひとり原稿を書いている。原稿を書きあぐねたマイケルの背後から、子供のような声が“Watch me”とささやきかける。マイケルが振り向いても、そこには誰もいない。この言葉は冒頭と最後に発せられるセリフであるだけでなく途中でも出てくる。映画のキーワードみたいなものだ。

パリとローマとニューヨーク。3組の男と女のお話だ。妻エレイン(キム・ベイシンガー)と別居中のマイケルは何人ものガールフレンドがいるが、今の恋人で作家志望のアンナ(オリヴィア・ワイルド)とは本気のようだ。でもアンナはアンナで、別に恋人がいるらしい。

服飾デザインを盗みにローマに来たスコット(エイドリアン・ブロディ)は、バーでロマ族のモニカ(モラン・アティアス)と出会って惹かれる。カネが払えずに密航させた娘を密航業者に人質に取られているモニカに、スコットはカネを用立てようとする。

ニューヨークで元昼メロ女優のジュリア(ミラ・クニス)は、息子を殺そうとしたとして息子から引き離されている。かつて客として泊まったホテルで客室係をしながら、息子への面会権をめぐって元夫で画家のリック(ジェームズ・フランコ)と調停中だが、次々にトラブルに見舞われる。

それぞれに過去の傷と不安を抱えた3組の男女の物語が並行して進む。ところがある瞬間から、それが交錯しはじめる。

ニューヨーク。ジュリアがホテルで仕事中に息子のことで携帯に緊急連絡があり、部屋のメモ用紙に行く先を書きつける。パリ。マイケルに妻のエレインから電話がかかり、部屋のメモ用紙に電話番号を書きつける。マイケルに不信をもつアンナが電話番号を書いたメモ用紙を手に取り裏を見ると、そこにはジュリアが書いたニューヨークの住所がある。現実にはありえないことで、この瞬間から観客は、これはなんなのかと惑いながら画面を眺めることになる。ほかにも顔を見せないバイクの男が何度も出てきたりするが、誰なのかは分からない。

そんな腑に落ちない引っかかりをかかえながら、話が進んでゆく。かつてマイケルが息子から目を離して原稿を書いている隙に息子が事故で死んでしまい、息子が最後にマイケルに言った言葉が“Watch me”だったことが分かってくる。ローマで、スコットは密航業者から身代金を吊り上げられ、業者とモニカが共謀しているのではないかと疑いながらも、2万ドルものカネを用立てる。ニューヨークで、ジュリアは弁護士との約束に遅れ息子への面会権は絶望的になる。

3つの都市の3組が最後で結びつく。アンナの近親相姦の過去を小説にしたらしいマイケルの原稿を読んで、アンナがマイケルから逃げ去る。雑踏のなかをアンナを追うマイケル。すると路上にはアンナだけでなく、モニカやジュリアの姿もある。

もっとも、だからといって観客が納得するように映画はつくられてない。謎は謎のまま。どう解釈したらいいのか。どうやら3組に共通するのは“Watch me”という言葉のようだ。“Watch me”と相手(夫婦、恋人、親子)に言われながらそれができなかった悔恨が、3組の男と女を苦しめているように見える。

ということは、3組の男女は同じ問題を抱えている相似形のカップルであるようだ。マイケルは作家で原稿を書いているから、ローマとニューヨークの2組は実はマイケルの小説の登場人物なのだという解釈もありうる。アンナがマイケルに「あなたは(小説のなかで)自分のことも三人称なのね」と言うシーンがあったり、最後にスコットとモニカの乗った車がすっと消え、スコットの妻の姿もプールのなかですっと消えることも、それを裏づける。

とはいえポール・ハギス監督はすっきりした解決を与えているわけじゃない。見る者がそれぞれに解釈しつつ、愛に惑う3組の男女が辿る結末を楽しめればいいんだろう。ただトリッキーな謎が核にあるだけに構成や小道具(頻出する水や白のイメージ)に目が行き、男たち女たちの心の内にまで入り込みにくかった。ハギスは脚本家としても素晴らしい。構成に凝った監督作品より、クリント・イーストウッドの映画や007のようなストレートで興奮させる物語を書く脚本家としてのほうが好きだな。


| | Comments (2) | TrackBack (5)

July 12, 2014

ぶどうの実

140712
green grapes

今年はぶどうの実成りがいい。種ありのけっこう甘いデラウェア。縁側の日除けで、いつも大半がヒヨドリに食べられてしまうんだけど、今年は摘果、袋かけとちゃんとやってみようか。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 06, 2014

『収容病棟』 中国社会の陰画

Photo
'Til Madness Do Us Part(viewing film)

3階建ての病棟が殺風景な中庭を囲んでいる。各階には中庭を見下ろす回廊が巡り、回廊は全面が鉄格子で覆われている。鉄格子の反対側には病室の扉が並んでいる。病室だけでなく、便所や水道、テレビのある娯楽室もある。閉ざされた3階の男子病棟が、上映時間237分のこの映画のほとんどを占める舞台だ。

雪の日も晴れた日も、休むことなく回廊を巡っている患者がいる。一カ所に立ち止まって動かず、鉄格子越しにじっと庭を見つめている患者がいる。回廊に置かれたベンチに座って談笑したり、煙草を吸っている患者もいる。カメラはそんな患者たちのうち何人かに密着し、病室に入っていく。病室にはベッドが5、6台あるだけ。ベッド下にはポリバケツ。患者はそこに無造作に小便したり、私物のビニール袋を入れたりしている。

ある患者は、ひたすら家へ帰りたいとつぶやいている。ある患者は薄汚れた壁の染みが虫に見えるのか、靴底で壁をぺたんぺたん叩いている。ある患者はドアを蹴ったらしく、後ろ手に手錠をはめられる懲罰を受けている。ある患者は、なぜか他人のベッドにやたら入りたがる。といって、同性愛の気配はない。誰かと触れあいたい、人肌が恋しいといった感じ。ある患者は家族が差し入れたみかんを、欲しいとねだる患者に次々に与えている。ある患者は階下の女性患者と愛しあうようになり、階段室で鉄格子越しに抱擁している。

患者たちはカメラをほとんど意識していない。カメラはひとりの患者に寄り添って、その行動をじっと見続ける。237分の映画で映される主な患者は十人前後だから、ひとりにつき20分以上密着しているだろう。ほとんどの患者に、とりたてて大きな出来事が起こるわけではない。でもじっと見続けることで、観客は最初「異常」だと感じていた患者の内側が少しずつ見えてくるようになる。時に外の「正常」な世界と同じように、いや外よりももっと他人への優しさを見せる患者たち。そこまで来ると、「正常」も「異常」もわからなくなってしまう。それがこの映画の凄いところだ。

ドキュメンタリー映画には監督とカメラが対象に積極的に働きかけ、その反応によって変化する場を撮影する手法もあるけれど(最近では『アクト・オブ・キリング』という傑作があった)、ワン・ビン監督はその正反対。オーソドックスな手法で監督とカメラを場に溶け込ませ、透明人間のようにその存在を消そうとする。エンディング・クレジットで撮影を許してくれた患者と家族に感謝すると出るから、もちろん病院と患者の許可を得て撮影しているんだけど、空気のようになるまでには大変な苦労があり、時間がかかったに違いない。監督はこう言っている。

「ドキュメンタリーの撮影にとっては、信頼関係が一番重要です。なるべく撮る対象の生活を覗き見するようなことはしたくない。正常な関係を打ち立て、相手も分かってくれた上で撮影することが結局はいい関係に繋がって、信頼が成り立つ。その関係があるかないかによって、編集して作品となって観客に観てもらう時、そういう関係が打ち立てられていれば観る人に不愉快な感じを齎さない、そこがとても重要です」(OUTSIDE IN TOKYO、ワン・ビン・インタビュー

この映画だけでなく、ワン・ビン監督のすべての作品に共通する姿勢だろう。だからこそ、長い時間見つめることが必要になってくる。長い時間をかけることによって、ワンショットの外見や行動からは見えないものがじわっと染みでてくる。長回しはスタイルとして採用されたのではなく、監督のそのような姿勢から自然に選ばれたものだとわかる。僕はまだ見る機会がないけれど、『鉄西区』の9時間もそのようなものとしてあるのだろう。

先の監督インタビューによると、雲南省で前作『三姉妹』を撮ったとき、この精神病院の医者と知り合った。そこで撮影を申し出たところ許可が出たという。ふつうこういう撮影はいやがられるが、病院が許可を出した動機は監督にもよくわからない。監督とカメラマン2人だけで病棟に入り、最初はカメラを回さず患者としゃべったり遊んだりしながら、興味の湧く患者にカメラを回していった。どの映画でもごく自然に対象に寄り添うカメラは「ワン・ビンの距離」などと呼ばれるが、そこに特別な秘密があるわけではなく、監督が相手を尊重し、信頼関係をつくりあげるというまっとうな姿勢から生まれたものだ。

この精神病院には「異常」と判定され医者や警察、あるいは家族によって送り込まれた200人以上が収容されている。暴力、精神異常、薬物・アルコール中毒、また政治的陳情行為を行って目をつけられた者、一人っ子政策に違反した者もいる。10年、20年と長期間収容されている者もいる。

監督は、患者が収容された理由をあえて「深く突っ込んでは聞かなかった」から、誰がどういう理由で送り込まれたのかはわからない。でも、ある患者が「ここに長くいると精神病になる」と新入りに教えたり、また別の患者がつぶやく「ここじゃ考えることしかやることがない」といった言葉から、病気とは別の理由で収容されてしまったらしいことがほの見える。

監督は、収容病棟にいるのは「グレー・ゾーンの人たち」だと語っている。患者たちと4時間、見る者も鉄格子のなかの一員になったような気分で接していると──自然にそんな気分になってくる。それがこの映画の力だ──監督の言葉どおり収容病棟という存在が、激しく軋んでいる中国社会が何を排除したがっているかの陰画であることが見えてくる。社会が排除した者が集まった場に、排除した「外」になくなりつつある人間的な優しさが感じられるのは皮肉なことだ。これはなにも中国に限ったことでなく、われわれが何を「異常」として排除したがっているか、そのことによって何を失っているのかという自問にもつながる。

この映画が中国で公開されたのかどうか、情報がない(前々作『無言歌』は公開禁止)。原題の「瘋愛」で画像検索しても中国でのポスターは見つからないから、検閲を通らなかったのか。ちなみに「瘋愛」は「精神が狂った人同士の愛」(監督の言葉)、英題の「'Til Madness Do Us Part」は「狂気がわれらを分かつまで」といった意味だろう。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 04, 2014

ヤモリの出迎え

1407041w
being met by a gecko

わが家の門にはヤモリが棲みついている。昨晩も久しぶりに会った友人たちと飲んで遅く帰ってきたら、ちゃんと出迎えてくれた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 03, 2014

ミントを摘む

1407031w
picking leaves of mint

ミントの葉を摘む。これを1週間ほど乾かしてミント・ティーを楽しむ。市販のものよりクセがあるが、それもまたよし。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 01, 2014

集団的自衛権、本番はこれから

1407021w

集団的自衛権の行使容認を決める閣議のあった日、上映時間4時間の中国映画『収容病棟』を見た後で首相官邸前へ。午後7時、地下鉄・国会議事堂前駅から路上へ出るともう人の波だった。

1407022w

シュプレヒコールを叫びつつ人の波をかきわけ、官邸が見えるところまで15分。先週金曜の集会は午前中ということもあって年寄りが多かったけど、この夜は若い人が多い。シュプレヒコールにもリズムがある。

閣議決定されたけれど、成立させなければならない関連法案がたくさんある。本番はこれからですね。

それにしても、こういうやり方がまかり通る。解釈改憲が憲法への信頼、もっといえば言葉への信頼を損なったことの傷は長い目で見れば深いんだと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ハーブが大きくなった

1407011w
herbs in my garden

このところの雨で、畑のハーブが勢いよく葉をしげらせている。塀際は左からミント、バジル、レモンバーム。手前はシソ。

1407012w

ムクゲを花を咲かせた。漢字で無窮花と書くくらいたくさん咲くので、夏いっぱい楽しめる。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

« June 2014 | Main | August 2014 »