『とらわれて夏』 重なる指と指
『とらわれて夏(原題:Labor Day)』で素晴らしく官能的な場面がある。心を病んだシングルマザー、アデル(ケイト・ウィンスレット)と、彼女の家にかくまわれた脱獄囚フランク(ジョシュ・ブローリン)が、ピーチ・パイをつくるボウルのなかで初めて指と指を重ね、一緒に桃をこねるシーン。夫に去られたアデルはもう長いこと、他人と肌を肌を接触させた経験がないのだろう。殺人罪で服役していたフランクも、他人、ましてや女性と触れ合うことは皆無だったはずだ。
近所の主婦が持ってきたたくさんの桃を見て、料理上手のフランクがピーチ・パイをつくろうと言いだす。フランクが桃の皮をむき、小さく切ってボウルに入れる。砂糖とレモン汁とシナモンを入れ、かきまぜるようアデルに言う。おずおずと指を動かすアデルの背後からフランクが身を寄せ、アデルの指に自分の無骨な指をかさねてやさしく桃をこねる。蜜のにじんだ黄色い桃を介してからみあう二人の指。いかにもの演出とも言えるけど、これ以上ないエロチックなショット。当然のことながらこれ以後二人のラブシーンは一切ない。これで十分なのだ。
原題のレイバー・デイ(9月第1週の連休)という言葉でアメリカ人が感ずるのは「夏(子供にとっては夏休み)の終わり」。1980年代、ニューイングランドの田舎町。アデルの息子で13歳のヘンリー(ガトリン・グリフィス)の目を通して見た母と脱獄囚、孤独な人間たちの出会いと別れが語られる。二人と5日間を過ごしたヘンリーの「夏の終わり」は、子供時代の終わりでもある。
アデルとヘンリーの母子がふとしたことからスーパーで出会ったフランクを家につれていき、かくまうことになる。フランクは料理をつくり、傷んだ階段を直し、車のタイヤを交換する。ヘンリーに野球を教える。フランクの過去がフラッシュバックで回想される。フランクはベトナム帰還兵。妻の産んだ子の父が自分ではないことがわかって口論になり、妻を突き倒したところ死なせてしまい、殺人罪に問われたらしい。レイバーデイの3日間を過ごした後、3人は家族のようになっていたが、脱獄囚の捜索は続いている……。
物語そのものは予想どおりに展開するから驚きはない。見惚れたのは、先ほどのピーチパイをつくる指と指のように、人と人が触れ合うことの繊細な映像だ。家の前に他人の気配がしたとき、フランクは「人質に見せかける」と言ってアデルを椅子に縛りつける。フランクはアデルの素足をそっと手でつつんで椅子の脚に引き寄せ、優しく縄をかける。やがてフランクがアデルにとっては恋人、ヘンリーにとっては父親のような存在になることを予感させるショット。
マサチューセッツの風景も素敵だ。夏の日差しを受け逆光を通して輝く緑の木々。川にかかる古びた鉄橋。父が去ったために傷みの激しい家屋。田舎町のスーパーや銀行。ボストンの西にある町アクトンなどでロケしたらしいが、他の地域に比べると白人が多いこのあたり、しかも登場人物はみな田舎の下層、中流階級で、アメリカの原風景みたいな空気が漂っている。髪はほつれ、贅肉がはみ出る疲れきった中年女性のケイト・ウィンスレットがどんどん美しくなるのはお約束とはいえ、さすが。
ジェイソン・ライトマン監督。月並みな表現だけど、佳作ってこういう映画のことを言うんだろうな。
Comments