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May 14, 2014

『プリズナーズ』 善人たちの犯罪

Prisoners
Prisoners(film review)

ハリウッド映画といってもVFXのアクションものばかりでなく、かつては主流だったサスペンス・ミステリーもたくさんつくられている。秀作も多い。アクションものは善悪のハッキリしたヒーローの物語だけれど、サスペンス・ミステリーは善悪のあいまいな大人の映画が多いし、アメリカが抱えるいろんな問題がエンタテインメントのかたちで取りこまれてもいる。毎年、これはすごいと思う作品に何本か出会う。『プリズナーズ(原題:Prisoners)』もそんな一本だった。

舞台がペンシルヴァニア州であることに意味がありそうだ。ペンシルヴァニアは17世紀に開拓されたアメリカ最古の植民地のひとつで、その中心になったのはクエーカー教徒だった。以来、宗教心の厚い土地柄で、エホバの証人はここで生まれたし、アーミッシュは今もこの地に暮らしている。ペンシルヴァニアは南部のバイブル・ベルトではなく北部に属する州だけれど、右派で原理主義的なエバンジェリカル(福音派)も根強い地域だ。

映画の冒頭は、主人公ケラー(ヒュー・ジャックマン)と息子が感謝祭のために森で鹿を撃つシーン。銃弾の音に重ねて、「天にまします我らの父よ」と主の祈りがかぶさる。神について語るナレーションが、その後何度か繰り返される。そして感謝祭当日に事件が起きる。一緒に鹿肉を食べていたケラー一家と友人でアフリカ系のフランクリン(テレンス・ハワード)一家の娘二人が行方不明になる。

容疑者として10歳程度の知能しかないアレックス(ポール・ダノ)が拘束される。が、証拠がなく釈放されてしまう。ケラーはアレックスが犯人だと確信し、釈放されたアレックスを誘拐して監禁、拷問し、娘たちの居場所を吐かせようとする。拷問をつづけながら、アレックスは「神よ、わが罪を許したまえ」とつぶやく。常に十字架のペンダントを下げている敬虔な信者なのだ。

事件を担当する刑事のロキ(ジェイク・ギレンホール)が捜査する過程でも、キリスト教の影がつきまとう。容疑者アレックスの母親代わりで一緒に住んでいる伯母ホリー(メリッサ・レオ)は、行方不明の夫とともにかつてキリスト教伝道に従事していた熱烈な信者だった。また、ロキがかつて少年愛の性犯罪を犯した神父の家を訪問すると、地下室でミイラ化した死体を発見する。

ついでに言うと刑事のロキという名前は北欧神話の神から来ていて、アメコミの主人公の名前でもある。アメコミのなかでロキは魔術を使い、悪役として扱われることもある(wikipedia)。拳や腕にタトゥーを入れたロキ刑事はそんなキャラクターを背景に、キリスト教共同体に侵入した異端者という役割を背負っているかもしれない。

僕は正直なところキリスト教がよく分からない。でも、かつて「マニフェスト・ディスティニー(明白な使命)」として先住民虐殺を正当化した過去からブッシュ前大統領がイラク派兵・対テロ戦争を強行した最近の歴史まで、その「正義」の背後にプロテスタント右派のマッチョで好戦的な体質や、善と悪の最終戦争という世界観が関係しているという指摘は何人もがしている(例えば河野博子『アメリカの原理主義』)。フィクションの世界でも、ふがいない警察に代わって「正義」を遂行するヒーローは、バットマンやスパイダーマンなどアメコミの王道だし、西部劇もそんなヒーローたちが活躍する映画だ。

釈放された容疑者を誘拐し、拷問するケラーのマッチョでひとりよがりの「正義」と、それを支える家族愛と敬虔な信仰は、アメコミや西部劇のヒーローたちとも通ずる一面を持つ。でもカナダ生まれのドゥニ・ヴィルヌーヴ監督(名前からしてフランス系だろう)は、ケラーをアメリカ人好みのヒーローとしてでなく「囚われた者(プリズナー)」として描く。原題がプリズナーズと複数形になっているのは、ケラーだけでなくこの映画の主要な登場人物がみな「囚われた者」ということだろうか。

彼らはみな、なにものかに囚われている。それがある種のキリスト教を指すのか、あるいは宗教のある側面を指すのか、よくは分からないけれど、キリスト教にせよイスラム教にせよ、仏教やヒンドゥー教にせよ、宗教が時に不寛容と強迫的思考に囚われることがあるのは確かだ。

この映画がペンシルヴァニアを選んだもうひとつの理由は、陰鬱な冬景色にあるのかもしれない。ペンシルヴァニアの冬は寒く、雪も多い。感謝祭のある11月末、どんよりした雲は厚く光をさえぎり、冷たい雨が降る。ケラーの運転する車のウインドーに強い雨が音を立てて落ち、雨はやがて雪に変わる。そんな暗鬱で人けの少ない田舎町で、「囚われた者たち」の事件が進行する。コーエン兄弟らと組む名カメラマン、ロジャー・ディーキンスの撮影する風景が素晴らしい。

映画の最後、ケラーの妻はロキ刑事に「夫は善人よ」と言う。この映画で犯罪を犯す者たちは、誰もが神に忠実な「善人」なのだ。たとえ悪魔(蛇)に魂を売ったとしても。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画を見るのははじめて。これから目が離せない。堪能しました。


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Comments

はじめまして。

明白な天命と、原理主義による、インディオの粛清とアラブへの対外戦争は、ブッシュ前大統領が宣布したように「民主主義の拡大」であったことは確かであるかも知れません。また、アフガン・イラクへの戦後統治における親米政権の樹立も、安定を力で抑え込むには、正道となる方法であったと思います。

現オバマ政権が推し進めているグローバリズムとは、法の支配を基軸とした、さも普遍的な価値の拡張を進めていますが、それは、パクスアメリカーナであり、欺瞞があると思います。合法的な資本主義であれ、統一の野望があって、また、アメリカのルールを結局、日本にゴリ押ししようとしていることから、対日統制は、同じであって、本音を語っているだけ、ブッシュ前大統領に自分は好感を持っています。

ブッシュ政権の方向として、アメリカは、イスラムを、良いイスラムと、悪いイスラム、に分けて認識した上で、謀略をもって望もうとしたようですが、ある地域への戦争が、地域を荒らすものであることに変わりはありません。だから、ある価値観やパラダイムに戦争を仕掛けるとは、近似した陣営全体への挑戦でなければならず、良い、悪いはなく、最終・最後の手段でなければなりませんね。

Posted by: RYU | May 15, 2014 at 05:23 PM

コメントありがとうございます。

アフガンにしてもイラクにしても、それぞれの国民の意思を汲まずに派兵して「民主主義の拡大」とは矛盾そのものですね。

グローバリズムがパクス・アメリカーナの別名であることは確かでしょう。ブッシュもオバマもアメリカの国益を第一に考えるのは共通だし、当然とも言えます。でもブッシュとオバマは拠って立つところがずいぶん違うし、その違いは無視できないと僕は思います。

どんな理由があろうと武力を用いて他国や他民族を支配しようとすることは許されないし、長い目で見れば必ずしっぺがえしを食らうでしょう。

Posted by: | May 16, 2014 at 02:49 PM

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