『新しき世界』 中国朝鮮族の貌
『仁義なき戦い 代理戦争』はやくざ組織内部の跡目相続に端を発した血みどろの派閥抗争の映画だった。『インファナル・アフェア』はマフィア組織に潜入した警察官と、警察内部に潜入したマフィアの二人が主人公の映画だった。『新しき世界(原題:新世界)』はその両方、跡目相続の派閥抗争と潜入捜査が二つながら絡んだ韓国ノワール。『仁義なき戦い』と『インファナル・アフェア』を引き合いに出したのは、ノワールの傑作であるこの2本と比べてみたくなるような出来だったからだ。
韓国最大のマフィア組織ゴールドムーンの会長が事故死する(謀殺?)。跡目を狙うのはNo.2のチョン・チョン(ファン・ジンミン)とNo.3のジュング。潜入捜査官ジャソン(イ・ジョンジェ)はチョン・チョンの右腕となっている。ジャソンを送り込んだソウル警察のカン課長(チェ・ミンシク)は両派の抗争に乗じ、ジャソンを通じて組織を操る「新世界プロジェクト」を発動させる──。
興味深いのは組織のNo.2、チョン・チョンと潜入捜査官のジャソンがともに中国朝鮮族(字幕は「華僑」)に設定されていることだ。中国から韓国へ渡った朝鮮族であるチョン・チョンは、中国マフィア相手の取引を一手に仕切ってのしあがってきた。ジャソンもまた中国から来た朝鮮族(あるいはその子供?)であることを知ったカン課長は、ジャソンを潜入捜査官としてチャン・チャンのもとへ送り込む。
こうした設定の背景には、いま韓国には中国東北地方から出稼ぎにきた中国朝鮮族がたくさんいるという事実がある。彼らはなんとかして永住権や韓国籍を獲得しようとし、成功すれば中国から家族を呼び寄せて定住する。ソウル南郊の工場地帯にはそんな中国系朝鮮族が多く住む地域があり、町ではハングルではなく漢字が幅をきかせている。中国朝鮮族のマフィアも跋扈している(宮家邦彦)。
そんな現実があるからこそ、チョン・チョンがNo.2にのしあがったという設定にリアリティがあるんだろう。もうひとつ面白かったのは、チョン・チョンはヒットマンとして朝鮮族自治州のある吉林省延辺からごろつきを呼び寄せる。彼らの服装はいかにも貧しく、韓国のことを「南朝鮮」と呼ぶから、北朝鮮からの脱北者だろう。
だからこの映画では韓国人と中国朝鮮族、脱北者が入り乱れ、韓国語と中国語(北京語かどうか判別つかないが)が飛びかう。そしてネタバレしてしまえば、最後に中国朝鮮族が生き残るという皮肉な結末になる。
韓国映画らしく、なんとも濃い人間描写をこれでもかと見せてくれる。潜入捜査官ジャソンは、上司であるカン課長の指令と、兄貴分チョン・チョンとの友情に引き裂かれ、苦悩の表情を浮かべている。カン課長とジャソンの連絡係で囲碁の教師を装った女性警察官の正体がばれ、拷問された彼女を、ジャソンは無言で射殺する。ジャソンの妻もまた、カン課長の指令で送り込まれた監視員であることを、ジャソンは知らない。チョン・チョンは、中国マフィアのハッカーが入手した情報からジャソンが潜入捜査官であることを知るが、そのことを誰にも漏らさず死んでゆく。カン課長は、潜入を終わりにしてくれと願うジャソンの心を知りながら非情な命令をくだす。
ダークスーツでクールなイ・ジョンジェと、サングラスにパンチパーマで跳ね回るファン・ジンミン、それに無精髭のチェ・ミンシクが、それぞれたっぷりと見せてくれる。シネマート六本木は女性客ばかりだったけど、ジョンジェとジンミン、どっちのファンなんだろう。
もうひとつ見惚れたのは、チョン・ジョンフンのカメラ。死体詰めドラム缶を投下する仁川(?)の海、雨の港、エレベーター内部の殺し合いを上から俯瞰するショット、車内のイ・ジョンジェを見上げる背後でウィンドーを流れる雨滴、、、。記憶に残るショットがたくさんある。パク・チャヌクと組んで『オールドボーイ』や『イノセント・ガーデン』で見せた映像感覚が冴えてる。
パク・フンジョン監督の長編2作目(1作目は日本未公開)。この映画の前と後のエピソードで3部作になる予定だそうだ。ラストシーンはその前編につながるエピソード(不要に思えたが)。『仁義なき戦い』や『インファナル・アフェア』に並ぶ傑作ノワールになりそうで楽しみだ。
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