『アデル、ブルーは熱い色』 饒舌と満腹
見終わって、近頃こんなに満腹感のある映画もなかったなあ。なにに満腹したかといえば、愛とセックス、食べ物、それに言葉と映像。同性に惹かれてゆく若い女性の心、女性同士のセックス・シーン、文学や絵画の話題がちりばめられたスノビッシュな会話、主人公たちの顔や肌に肉薄する映像。上映時間180分の間、目からも耳からもフランス的饒舌を絶え間なく注ぎこまれた感じがする。
『アデル、ブルーは熱い色(原題:La Vie d'Adele)』のストーリーはごくシンプル。高校生のアデル(アデル・エグザルコプロス)が美大生のエマ(レア・セドゥ)に出会い、恋に落ち、別れるラブ・ストーリーだ。主人公のアデルとエマが女性でレズビアンであることが、普通のラブ・ストーリーとちがうところ。
映画はまず、アデルの学校での日常を追う。彼女は普通の女の子らしく上級生の男子学生とデートするようになる。が、仲間の女子高生にキスされたことから女性に惹かれることに気づき、街ですれちがった、髪を青く染めたエマに目を奪われる。ボーイフレンドと別れ、やがて深夜のバーでエマに再会する。ここまでたっぷり1時間。
アデルとエマはすぐに恋に落ち、互いを求めあう。こんな濃厚なラブ・シーンはあんまり記憶にない。男と女だけど、『ラスト・コーション』のラブ・シーンもこれに比べればおとなしいものだった。映画で女性同士のラブシーンがこんなにリアルに描写されたのは初めてじゃないかな。密着したカメラが頬や肌がほのかに紅く染まるディテールまで写しだす。
レア・セドゥはフランスの若手No.1女優。美少女の印象があったけど、長髪を切って染め、少年みたいな笑顔が素敵だ。アデル・エグザルコプロスはギリシャの血が入った女優。髪を無造作にアップにし、開きかげんの唇が魅力的だ。二人とも、その役者魂は見上げたもの。この二人がいなければ成り立たなかった映画で、アブデラティク・ケシシュ監督だけでなく二人にもカンヌ映画祭のパルムドールが与えられたのは当然だろう。
性と食は人間の生きる根源だけど、セックス・シーンだけでなく二人が食べるシーンも繰り返し出てくる。生牡蠣をするりと飲み込み(生牡蠣が何かに似ている、といった会話もある)、トマトソースのパスタを頬張って食べる。アデルの少し品のない食べ方が彼女のなにごとかを物語っている。
そして登場人物の誰もがよくしゃべる。エマは画家志望で、知的。アデルは普通の中産階級の女の子。エマがアデルをリードして、「愛は性の垣根を越える」とか、アデルをモデルに絵を描きながら「あんたは創造の女神で美の源泉」なんてセリフがぽんぽん出てくる。『クレーヴの奥方』や『マリアンヌの生涯』といったフランスの古典恋愛小説が朗読され(こんなのを高校の授業で読んでいるのか)、クリムトやエゴン・シーレ、ピカソといった画家、キューブリックやスコセッシといった映画監督の名前がちりばめられた会話がつづく。サルトルの『実存主義とは何か』も話題になる。180分間、とにかく言葉が詰まってる。
詰まっているのは言葉ばかりじゃなく、画面には青が氾濫している。アデルが最初にエマを見かけたとき、エマは髪を青く染め、ブルーのジャケットとジーンズを着ている。アデルがエマと恋人同士になると、エマの色に染まるようにアデルも青い服を身にまとうようになる。2人が出会うクラブも別れのレストランも青。青が二人の色なのだ(英語題名はBlue is the warmest colour)。とくにエマは青がよく似合う。映画のなかで名前が出るピカソの「青の時代」とも響きあっているかもしれない。
撮影のソフィアン・エル=ファニは手持ちカメラでふたりの顔や上半身に密着している。180分間、二人のクローズアップやバストショットが多く、さらにレインボー・フラッグを掲げたゲイやレズビアンのデモでも激しくカメラが動く。密接した距離感に圧倒されると同時に、いささか疲れもした。
これはフランス映画だけど、今のフランスの現実を映すようにアフリカの匂いがする。監督のアブデラティフ・ケシシュはチュニジア生まれ。撮影のソフィアンもチュニジア出身だし、共同脚本のガリア・ラクロワもチュニジア映画に出演する女優から脚本家に転向した人。だから脇役でアフリカ系やアラブ系の顔がたくさん登場するし、映画のテイストもフランス的なエレガンスとはちょっと違っていた。それも満腹感と関係しているかもしれない。
Comments
確かに「フランス的」で「おなかいっぱい」でしたね。
このくらいのボリュームじゃないと、恋愛なんて語りきれないと思います。中途半端じゃなくて。
邦画だと、制約が多すぎるのと「事務所の都合」とで、とてもこんなことできないですからね。堪能しました。
Posted by: rose_chocolat | April 17, 2014 10:19 AM
なにしろ男の子と知り合うところから始めるんですものね。
レア・セドゥみたいなトップ女優がこういう映画に出るんだからすごい。以前、是枝の『空気人形』を見たとき、日本の女優ではできなかったんだろうな、と思いました。ペ・ドゥナは好きな女優なので満足でしたが、例えば蒼井優あたりだったらどういう映画になったか、とか考えます。
Posted by: 雄 | April 18, 2014 11:12 AM