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November 29, 2013

『悪の法則』 暴力と性の夢幻劇

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The Counselor(film review)

リドリー・スコットの新作『悪の法則(原題:The Counselor)』で僕が注目したのは、リドリー・スコットの映像や豪華な役者たち以上に、脚本が作家コーマック・マッカーシーの手になることだった。

コーマック・マッカーシーは荒廃した未来世界をさすらう親子を描いた『ザ・ロード』やコーエン兄弟の傑作『ノー・カントリー』の原作者だといえば、映画好きならははんと思うだろう。フォークナーのような本格小説からミステリーまで幅広い、現代アメリカ文学を代表する一人だ。僕が好きなのは『チャイルド・オブ・ゴッド』『ブラッド・メリディアン』などの初期作品で、西部開拓期の砂漠やアパラチア山脈の極貧地帯といった暴力が支配する過酷な世界に生きる人間たちの物語だった。

『悪の法則』の舞台はテキサスの砂漠都市エル・パソと、国境のリオ・グランデ河をはさんでメキシコ側にあるシウダー・フアレスだ。シウダー・フアレスは百人以上の若い女性が行方不明になったり、麻薬組織がはびこっていることで知られる危険地帯。ドン・ウィンズロウのミステリー『犬の力』なんかを読むと、南米コロンビアからメキシコ経由でアメリカに持ち込まれる麻薬ルートの主要なひとつであることがわかる。

名はなくただカウンセラーと呼ばれる弁護士(マイケル・ファスビンダー)が、クライアントである麻薬業者ライナー(ハビエル・バルデム)の手引きで、自らも麻薬取引に手を染めようとしている。カウンセラーは恋人のローラ(ペネロペ・クルス)に婚約指輪を贈り、ライナーは愛人のマルキナ(キャメロン・ディアス)にぞっこん惚れこんでいる。男たちの女への愛が、やがて彼らの破滅を招きよせることになる。カウンセラーはブローカーのウェストレー(ブラッド・ピット)に取引の仲介を頼んでいる。

ファスビンダー、バルデム、クルス、ディアス、ピットの登場人物が交わす会話が、いかにもマッカーシーらしい。彼らが「もう選択の余地はない」とか「お腹がすいた」と話すなにげない会話、あるいは目の前の具体的なセックスや死について語り合う会話が、表の意味だけでなくメタ・レベルの哲学問答としての意味も持たされているようなのだ。だからまるで「ハムレット」か「マクベス」のセリフのように感じられる。

しかもそんな隠喩に満ちた会話が交わされる場面には、金とセックスと暴力があふれている。白いシーツのなかでのファスビンダーとクルスのラブシーンは強烈だし、開脚したディアスがフェラーリのフロントグラスに腰を押しつけてバルデムに見せつけるシーンはショッキング(バルデム曰く「あいつは車とセックスしたんだ」)。殺し屋が砂漠の道に鋼鉄のワイアを張り、バイクで突っ走ってきた運び屋の首がヘルメットごと一瞬で吹っ飛ぶシーンには驚く。

国境を越えて麻薬を運ぶ汚水処理車のなかに隠されたドラム缶には、麻薬だけでなく腐敗した死体が意味もなく隠されている(「やつらのジョークだよ」)。バルデムは猛獣のチータを愛玩用に飼っていて、砂漠に放したチータがウサギを狩るのを愛人のディアスが双眼鏡で見ているシーンなんか、この映画全体の比喩でもあるみたいだ。

カウンセラーが金を出した麻薬取引の途中で、何者かによって麻薬が強奪される。麻薬組織はカウンセラーが仕組んだものと考え、カウンセラーばかりかライナーとウェストレーの命も狙いにかかる。実は仕組んだのは……。

マッカーシーの脚本は話の筋をていねいに説明しないから、どうなっているのかわからないところもある。並みのハリウッド映画のようにクライマックスに向けてサスペンスを盛り上げることもしない。でも見る者は多義的な会話と暴力とセックスが織りなすリズムに巻き込まれて最後まで一気に導かれてしまう。

砂漠の風景が、リアルでありながらリアルを越えた彼岸の風景のように感じられる。まるで金と暴力と性にまみれた夢幻劇を見ているような。久しぶりにリドリー・スコットらしさを堪能できた快作だった。チータのタトゥーを入れ、アルマーニに身をつつむキャメロン・ディアスがいいな。


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November 26, 2013

特定秘密保護法案に反対です。

objection to specified secrets protection bill in Japan

このブログはタイトルにあるように映画や本や音楽についての趣味のサイトです。ですから直に政治に関する話題に触れることは避けてきました。でも、いま国会で強行採決されようとしている特定秘密保護法案に対しては物を言わずにおれません。

もしこの法案が成立すれば、運用の仕方によってはこんな趣味のブログですら、「秘密」情報を収集しようとしたとして取締りの対象になる可能性があります。しかもなにが「秘密」なのかもわからず、それをチェックする立法府や第三者機関の関与もあいまいで、数十年後に公開して歴史の検証を受けることもせず、「秘密」は「秘密」のまま闇に葬られてしまうかもしれません。表現の自由の根幹にかかわる問題です。

僕は戦後生まれですが、戦前を知る人の証言を読んでいると、ひとつひとつは小さな法の成立やシステムの変更が積み重なって、ある日、気づいてみたら自由のない、戦争に向かって突き進む国になっていた、それがわかったときにはもうその空気に抵抗できなかった、という感想にたびたび出会います。その轍は踏みたくないものです。

そこで、1日のアクセスが200そこそこのささやかなこのブログでも何らかの意志を表わそうと、タイトルの下に「特定秘密保護法案に反対です」の文字を入れることにしました。なんらかの決着が着くまでつづけるつもりです。

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November 23, 2013

フィエスタ・デ・エスパーニャ

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Fiesta de Espana at Yoyogi park in Tokyo

代々木公園のフェイスタ・デ・エスパーニャへ。スペインの料理やワイン、ビール、雑貨のブースが50近く出店し、ステージでは音楽と踊り。慶長遣欧使節がスペインに旅立って400年になるのを記念した行事だ。

ニューヨークで知り合ったスペイン生まれスペイン育ちの日本人スグルがこのフィエスタの実行委員長をやっている。

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ポークのはちみつ煮込みと赤ワイン、パラシオ・ケマド2008年で昼飯。見た目はいまいちだけどパンに挟むと旨い。

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ステージではフラメンコ。


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November 18, 2013

神戸・新長田へ

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a trip to Kobe

昔いた雑誌の編集部から原稿の注文があり、大阪へ行く用事があったので神戸へ回って原稿の下調べ。

神戸へ行く途中、甲陽園で画家・須田剋太さんの墓参り。須田さんとは30年前、4年ほど一緒に仕事した。須田さんは当時70代で親子以上に歳の差があったけれど、いつも若々しいのに驚かされた。六甲山系に抱かれて、いかにも須田さんらしい形の墓石(中央)。

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JR鷹取駅近くで下調べが終わり、近くの新長田へ行ってみようと思った。新長田は阪神・淡路大震災の火災で焼け落ちた商店街の映像が記憶にこびりついている。

JR線路沿いを歩く。この日は神戸マラソンが開催され、関連していろんな催しがあるらしい。

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新長田駅近くの若松公園でマラソンを応援するイベントが開かれていた。地元の阿波踊りの連が景気よく踊る。

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新聞やテレビで復興のモデルとしてたびたび取り上げられた大正筋商店街。筋の両側に「アスタくにづか○号館」という中~高層ビルが6棟並び、1階がアーケードの商店街、上階が住宅になっている。

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新しい建物だから、どの店もきれい。このホルモン専門店は震災前の庶民的商店街の記憶を再現しようとしてるのか。

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ビルのなかにつくられた「ほろよい横丁」。日曜の午後だから人っ子ひとりいなかったけど、夜になると以前と変わらず賑わうんだろう。

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商店街の裏側にもお好み焼や喫茶店が入り、住民が集まる広場がある。ここは神戸有数のお好み焼地帯らしい。疲れたのでお好み焼を食べ、コーヒーを飲む。

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「売物件」のビラが貼られた喫茶店「FUJI」。ほかにも、今日は休業なのかもしれないがシャッターの閉まった店がところどころにある。ある店のシャッターには「空店舗 礼金15万円 手数料0円 賃料10万5000円」とあった。営業をつづけている店も、ここへ入居した際の借金が重荷になっているという記事を読んだことがある。

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大正筋と交わる商店街にはところどころ空き地がある。

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ゴム工業やケミカル・シューズなど中小の工場が多い長田区は、1970年代から人口が減りつづけてきた。震災前に約13万人だった人口は震災直後に10万人を切り、その後10万人台を回復したが微減傾向はつづいている。地元密着の商店街としては苦しいところだ。いまは全国どこへ行ってもスーパーマーケットにコンビだけど、こういう商店街がにぎわってほしい。

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元町でもうひとつの用事を終え、新愛園へ。30年来、元町へ来るとガード下の台湾料理・丸玉食堂かここに来る。どちらにするかはその日の気分だけど、今日は丸玉が休み。白葱とチャーシューをあえた労麺。


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November 14, 2013

3つの写真展

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3 photo exhibitions

この日は昼から3つの写真展を回る。仕事が立てこんでいて、都心に出る日にはいくつもの予定を詰め込んでしまう。

まず清澄白河のTAPギャラリーで村越としや「March 2013」展(~11月17日)。福島県須賀川出身の村越が故郷を撮影しているシリーズの新作。原発事故の前と後、風景が変わったわけではない。その変わらない風景を撮りつづけている。変わらないとはいえ、見る者は事故のことを考えないわけにはいかない。曇天のもと、山野と町が沈鬱だ。

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竹橋の国立近代美術館でジョセフ・クーデルカ展(~14年1月13日)。一昨年の「プラハ 1968」展も素晴らしかったが、これも充実したレトロスペクティブ。断片的にしか見ていなかった「ジプシーズ」「エグザイルズ」などすべての仕事を見渡せる。劇場の舞台写真から出発したクーデルカは、世界を劇場として見ている(と感じたら、彼自身がそう言っていた)。

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御茶ノ水のお茶ナビゲート&ギャラリー蔵で「<岩波写真文庫>が撮った1950年代」展(~11月18日)。これは6月に銀座・教文館書店で見た「<岩波写真文庫>とその時代」展のほうが充実していた。が、岩波書店の編集者・桑原涼氏が「写真文庫」の技術と人脈の流れを解説したトーク(11月13日)は面白かった。


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November 08, 2013

『コールド・ウォー 香港警察 二つの正義』 クールな香港

Photo
Cold War(film review)

いやー、面白かった。でも見てから数日たって、その印象が急速に薄れているような気もする。これって、どういうことなんだろう。

『コールド・ウォー 香港警察 二つの正義(原題:寒戦)』は冒頭から息もつかせず突っ走る。香港の繁華街モンコックで爆発事件が起きる。同時に一台の警察車両が行方不明になり、警官が拉致される。警察内部に犯人に通じた者がいるらしい。海外出張で長官不在の香港警察で、二人の副長官のもと緊急会議が開かれる。

指揮権を持つ行動班副長官のリー(レオン・カーファイ)は非常事態を宣言する。行方不明になった警官のなかにはリーの息子(エディ・ボン)がいる。保安管理班の副長官ラウ(アーロン・クォック)は、リーの公私混同で強引な指揮を批判する。

リー対ラウの対立が映画をドライブする。リーは叩き上げの現場派。ラウは冷静な管理畑。日本の警察ものなら現場と官僚的な本部が対立して、現場派に肩入れするよう描かれるのが常套だけど、そうはならない。暴走するリーに対抗してラウは指揮権を奪い、身代金を持って単身街に出る。さらに日本でいえば地検特捜部に当たる汚職摘発機関ICACが絡んでくる。罠によって奪われた身代金を騙し取ったのはラウだと密告があり、ラウはICACの取り調べを受ける。

爆弾と拉致の犯人探し、そしてリーとラウとICAC三つどもえの暗闘が絡みあってストーリーが展開する。局面が変わるごとに誰が犯人で誰が密告者なのか、登場人物がみな怪しく見えてくる脚本がうまい。街や海を見下ろす高層ビルのガラス張り会議室といった屋内と、町中やフェリーなどの屋外を行き来する構成も巧み。このあたり、身代金を高速道路から落とす似たようなシーンもあるし、黒沢明の『天国と地獄』を参照してるかも。

映像も目を瞠る。従来の香港ノワールは『インファナル・アフェア』3部作にしろジョニー・トーにしろ香港雑踏のノワールな映像が魅力だけど、この映画では高層ビルやヘリによる上空からのショットなどクールな映像が印象に残る。その極めつけが高層ビル屋上での花火爆弾の炸裂シーン。その美しさに参りました。

そんなふうに脚本の巧みさ、映像の美しさ、レオン・カーファイとアーロン・クォックの対決(アンディ・ラウも特別出演)に興奮したんだけど、印象が薄れるのも早かった。時間がたつほどに印象の深まる映画と、見たときは面白くても記憶に残らない映画があるけど、『コールド・ウォー』はどちらかといえば後者かな。

ここで対比すべきなのは、やはり『インファナル・アフェア』だろう。『インファナル・アフェア』は見たときも興奮したけど、いつまでも記憶に残る映画だった。それはトニー・レオンとアンディ・ラウの2人の人間がちゃんと描かれていたからだ。警察組織に潜入したギャングと、ギャング組織に潜入した警察官、2人の苦悩が(第2部では若き日まで遡って)深いからこそ、2人の対決がぞくぞくするほど身に迫ってきた。

『コールド・ウォー』も主役2人の背景が一応描かれてはいる。アーロン・クォックは広報部責任者のチャーリー・ヤンと元恋人同士という設定。レオン・カーファイは息子のエディ・ボンと対決することになる。でもそれはストーリーを面白くするためのもので、それ以上ではないと感じた。最後にクォックとカーファイ、2大スターの顔を立たせるためのシーンが用意されているのもやや興ざめ。

とはいえ、近年の香港ノワール(と呼んでいいか疑問だが)のなかで久々に面白かったのは確か。ラストシーンで第2作が予告されて、これは楽しみだ。ないものねだりはせず、息もつかせぬスピードの続編を期待しよう。

チャウ・シンチーらの助監督を務めたサニー・ルクと、美術監督だったリョン・ロクマンの共同脚本・監督第一作。質量とも不振といわれる香港映画、がんばってほしい。

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November 07, 2013

旧万世橋駅へ

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formerly Manseibasi Station

神田まつやで蕎麦を食べた後、時間が空いたので商業施設としてオープンした旧万世橋駅に行ってみた。交通博物館時代には行ったことがあったが、その時は駅としての建物にまで関心が向かなかった。

高架下がショップになっているが、ここだけ鉄骨がむき出しになっている。

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万世橋駅は1912(明治45)年に昌平橋~万世橋が開通して営業を開始した。東京市電との乗り換えターミナルとして繁盛したという。その後、万世橋~東京駅が開通して中間駅となり、市電も別の道を通るようになって1943(昭和18)年に廃止された。

開業時につくられた階段。駅廃止以来、今回はじめて公開された。

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すり減った階段。

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階段の飾り。

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古線路を利用したつくられたホームの基礎。

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初代駅舎を偲ばせる赤レンガの高架。

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