『ポルトガル、ここに誕生す』 古都の時間
『ポルトガル、ここに誕生す(原題:Centro Historico)』はポルトガル王国の古都ギマランイスが世界遺産に登録されたのを機につくられたオムニバス映画。ポルトガルの巨匠マノエル・ド・オリヴェイラ、先鋭な映画をつくるペドロ・コスタ、フィンランド出身でポルトガルに住むアキ・カウリスマキ、隣国スペインのビクトル・エリセの4人が、ギマランイスをテーマに短編を競っている。
誰のを見たいかって? もちろん、ビクトル・エリセ。100歳をこえてつくったオリヴェイラの『ブロンド少女は過激に美しく』は色っぽかったし、コスタの『ヴァンダの部屋』はとんがっていた。カウリスマキの映画はいつも見るのが楽しみ。でも『マルメロの陽光』(1993)以来20年も長編を撮っていないエリセは、今でもいちばん作品を見たい映画監督のひとりだ。『ミツバチのささやき』と『エル・スール』は、僕がこれまで見たすべての映画から100本挙げるとすれば2本とも上位に入ってくる。
エリセのパートは第3話「割れたガラス」。窓ガラスが割れ、廃墟になった工場と水びたしの床を正面から捉えたショットに、ぴたりぴたりと水が滴る音が聞こえてくる。この最初のショットと音の一発で、まぎれもなくエリセだなと分かる。
工場は20世紀前半、ヨーロッパ第2の規模を誇る紡績工場だったが、今は廃墟になっている。大食堂に数百人の従業員が集まった、かつての繁栄をしのばせる写真が壁に大きく引き伸ばされている。その集合写真を前に、何人もの元従業員が記憶を語る。確か、「ギマランイスの映画のためのテスト」といったタイトルが出たと思う。映画のために元従業員をカメラ・テストしているという趣向。
雄弁に過去を語る壁のモノクロ写真と、淡々と記憶を語る老年の男と女の現在が重なって、ギマランイスとそこに生きた人々の時間を感じ取ることができる。劇的なものはないけど、ひとりひとりの重みを受け取る。これがテストという名の短編でなく、本当に20年ぶりの長編映画が撮られるといいのに。そんな夢想をしたくなる。
カウリスマキは、旧市街のバーテンダーが来ぬ女を待つ、いかにも彼らしいお話。階級と革命にこだわるコスタは、アフリカのかつての植民地カーボ・ヴェルデから来た移民労働者が夢の中で交わす兵士との対話。オリヴェイラは、ギマランイスを案内するガイドと古都を占領した観光客。もっとストーリーが展開するのかと思ったところでエンド・ロールになり不意をうたれた。
オムニバスとしての統一感はないけど逆にそこがいい。それぞれに楽しめたな。
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