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October 10, 2013

『世界一美しい本を作る男』 編集者として経営者として

Photo
How to Make a Book with Steidl(film review)

映画が始まってすぐ、知ってる顔が出てきたので顔がほころんでしまった。写真家のマーティン・パー。9年前、彼がアルル・フォト・フェスティバルのキュレーターとして「木村伊兵衛のパリ」展を企画し来日したとき、写真雑誌の編集をやっていた関係から作品の選定やプリント、搬送をお手伝いしたことがある。『世界一美しい本を作る男(原題:How to Make a Book with Steidl)』のなかで、マーティン・パーはこの映画の主役ゲルハルト・シュタイデルが経営するシュタイデル社のことを、「この10年でもっとも重要な出版社」と言っている。

パーだけではない。このドキュメンタリーにはロバート・フランク、ジョエル・スタンフェルド、ウィリアム・エグルストン、ロバート・アダムス、ジェフ・ウォールといった写真家が次々に出てきて、自宅やスタジオでシュタイデルと企画の打ち合わせをする姿が映る。それだけでも写真好きにはたまらない。

なかでも、スタンフェルドがドバイのショッピングモールでiフォンで撮った写真を『iDubai』という写真集にまとめる過程が、最初の打ち合わせから写真選び、判型や頁数、紙の選定、表紙の素材の相談、デザイン、校正刷り、印刷といった工程がすべて追いかけられて、編集者のはしくれとして実に興味深く見た。iフォンの縦長の画像を1ページに3点収めて横長の小さめな判型にするとか、表紙にあえて悪趣味な色の素材を使い、裏表紙にはバーコードを巨大にして金で箔押しするとか、そう決めるまでのシュタイデル(編集者)とスタンフェルド(著者)のやりとりは本づくりの醍醐味を伝えている。

シュタイデルは「本は作品の分身だ」と言う。iフォンで画像を見る感じをそのまま判型やデザインに生かし、表紙に悪趣味な色を使ったり金色のバーコードをデザイン的に処理したのは、金持ち国のショッピングモールでiフォンで撮影したこの作品に対するある種の自己批評になっている。それが「作品の分身」ということだろう。表紙にどぎつい色を5種類使って数百部づつ5つの異なるバージョンをつくったのは、デザイン的な遊びであると同時にコレクターズ・アイテムとしての商品価値を高める販売戦略でもあろう。

贅沢だなあと思ったのは、ポップアーチスト、エド・ルシェの写真を入れてつくるケルアック『オン・ザ・ロード』の豪華本だ。シュタイデルはこの長編小説を活版で印刷するという。ドイツやアメリカでどうなのか知らないが、日本では鉛の活字を組む活版印刷は今ではほとんど残っていない。1970年代に写植になり、さらにデジタル化されて、活版印刷はもはや伝統工芸に近い技術。

活版は鉛版で紙をプレスして印刷するので、できあがった本をよーくみるとかすかな凹凸がある。その手触りがたまらなくいい。フォントも活版には独特のものがある。写真や映画でもフィルムとデジタルでは質感の差があるけれど、活版印刷の本はデジタル印刷の本にはない手作り感がある。そこに作品が書かれた1950年代のアメリカ車を撮った写真ページが挿入される。

ロンドンのガゴシアン・ギャラリーで開かれたこの本の展覧会のシーンがあって、本を見開きページごとにばらして額装し、展示されていた。本というより美術品の扱い。制作部数も350部で、それも大部分がルシェの分というから、市場に出回るのは100部程度。これはもう出来栄えも値段も美術工芸品そのものだ。

もうひとつ驚いたのはシュタイデル社が印刷機を備えていること。日本ではふつう出版社が印刷機を持つことはないから、シュタイデルは出版社+印刷所ということになる。最新鋭の印刷機を備えるにはかなりの設備投資がいる。社員45人、映画を撮影していた2年間での出版点数は二百数十点というから、日本でいえば中規模の出版社。シュタイデルはそこにワンマンとして君臨している。企画から編集、デザイン、印刷、そして販売まで本づくりの全工程をひとりでコントロールしてるんだから、これはやりがいがあるし気持ちいいだろうなあ。

シュタイデルの写真集は貧乏フリーランサーの身には高価すぎていつも眺めるだけ、買ったことはない。そのように少部数高定価の工芸品のような本をつくることで、シュタイデルは独特のビジネス・モデルをつくりあげた。今は日本でも既存の出版社ではない会社がそれをモデルに、ハイクオリティの印刷で数万円あるいはもっと高価な写真集を出すところも出てきた。シュタイデルの影響だろう。

これだけの世界的写真家やギュンター・グラスのような作家の本をつくりつづけられるのは、編集者としてのシュタイデル個人の力。にしても編集者として満足のいく仕事をやりながら経営者としてもうまくやるのは至難の業だ。シュタイデルはそれを当たり前のような顔でやっている。仕事場ではいつも白衣、世界中を飛び歩いての打ち合わせも普段着だし、パーティでも着飾らない。そんな男の仕事漬けの日々のあれやこれやが面白く、勉強にもなったドキュメンタリーだった。

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