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September 09, 2013

『サイド・エフェクト』 新上流の不安

Sideeffects
Side Effects(film review)

映画監督をやめて絵描きになると宣言したスティーブン・ソダーバーグ監督(宮崎駿同様、「撤回します」と言いそうな気もするけど)の映画が2本かかっている。『マジック・マイク』と『サイド・エフェクト(原題:Side Effects)』。『マジック・マイク』はヒットしてるし楽しめそうな映画ではあるけれど、ミステリー好きとしては『サイド・エフェクト』に足が向いてしまう。日曜の午後、雨とあって新宿シネマカリテは小さな劇場だけど満席。

ソダーバーグ最後の映画になるかもしれない『サイド・エフェクト(副作用)』はニューヨークを舞台にした、薬害にまつわるサイコ・ミステリー。サイコといってもハラハラドキドキでなくソダーバーグらしいクールなサスペンスで、都市に暮らすアッパー・ミドル・クラスの男と女の冷え冷えした人間関係を背景に、怖さがじわっと身にしみてくる。

映画は建物のショットで始まり、建物のショットで終わる。冒頭はマンハッタンの北端、155丁目にある高級コンドミニアム。カメラは建物全体から装飾された壁と窓に静かに近づいてゆく。カメラが室内に入ると部屋から部屋へ血の跡がべっとりついているのは、ミステリー導入部の王道。ラストは逆に鉄格子のはまった窓から建物全体へ、さらに建物の周囲へとカメラが引いてゆく。建物は精神障害治療センター。カメラがさらに引くと、病院の彼方にマンハッタンの高層ビル群が小さく見えている。

病院の建物の入口には「ワーズ・サイキアトリック・センター」と書かれていた。ワーズ島はイースト・リバーの中洲の島で、マンハッタンとクイーンズとブロンクスに囲まれている。グーグルを見ると実際に精神障害治療センターや下水処理場があり他は公園になっている。住宅地域はなさそうで、地下鉄も通っていない。

ワーズ島はかつて個人所有の島だったが19世紀にニューヨーク市の所有になり、墓地や移民のための病院が置かれた。ワーズ島の南にあるルーズベルト島も同様に個人所有からNY市の所有になった島で、ここにも監獄や病院が置かれた。この島にはマンハッタンからロープウェーがあって、僕はこれに乗って島に行ったことがある。ルーズベルト島は今は住宅地として整備されているけれど、かつての監獄跡の建物も残っている。ワーズ島といいルーズベルト島といいイースト・リバーに浮かぶ島は、その歴史からニューヨークという都市内部のいわば隔離された場所だった痕跡をひきずっている。

精神科医のジョナサン(ジュード・ロウ)が、軽い交通事故を起こして病院に搬送されたエミリー(ルーニー・マーラ)を診察し担当医になる。エミリーは、金融マンの夫(チャニング・テイタム)がインサイダー取引で服役中に鬱病を発症していた。バンクスはエミリーの以前の担当医ヴィクトリア(キャサリン・ゼタ-ジョーンズ)と会い、彼女の示唆でアブリクサという新薬を処方する。新薬を処方することで、ジョナサンには製薬会社から報酬が出る。でも新薬には夢遊状態に陥る副作用があり、ある夜、エミリーは夢遊状態で夫を殺してしまう。

裁判で、エミリーの弁護士は薬害による無罪を主張し、処方したジョナサンの責任が問われる。病院から追い出され妻も家を出て窮地に追い込まれたジョナサンは、エミリーの交通事故が自ら仕組んだのではないかと調べ始める……。

ごひいきのキャサリン・ゼタ-ジョーンズはひっつめ髪に黒縁の大きな眼鏡をかけた女医役で、ふくよかな色気を押し隠している。ただの脇役のはずないよなあと思ってたら、どんどん影の主役めいてきて、最後はうーん、そうきたか。ロンドンから来た医者でイギリス英語のジュード・ロウは、ニューヨークの空気になじめない男のとまどいを漂わせる。どこまで病気でどこまで仕組んでいるのか分からないルーニー・マーラーも、ナイーブな女の陰りと魅力が素敵だ。

出てくるのは医者や金融ビジネスに従事する男と女。社会学者チャールズ・マレーが、旧来の富裕層でなく知的労働によって富を得る「新上流」と定義した階層に皆が属している。ここでは成功と失敗は紙一重。小さなスキャンダルひとつで現在の地位と富を失いかねない不安とあせりがミステリーの源になっている。ソダーバーグは彼らに対するクールな批評を、ひとひねりした復讐劇に仕立ててみせた。

最後のシーンで、病院に収監されたエミリーは「調子はどう?」という看護師の問いに「Better. Much better」と答える。字幕がどう訳したか記憶にないけど(「とてもいいわ」だったか「まあまあね」だったか)、いろんなふうに取れる複雑なニュアンスを持っている。エミリーの病が一段と深くなったのか、正気である彼女の絶望の表現なのか。どちらとも取れるけれど、そこからカメラは引いてマンハッタンの風景を無言で映し出す。


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Comments

キャサリン・ゼタ-ジョーンズ、ごひいきだったのーふぅーーん。

Posted by: aya | September 11, 2013 07:52 PM

ふぅーーん、ですか彼女がブレイクした『エントラップメント』以来のファンです。好きなのは『トラフィック』と『ターミナル』かな。

Posted by: | September 12, 2013 01:00 PM

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