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August 19, 2013

『風立ちぬ』 美に傾いて

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Kaze Tachinu(film review)

お盆休みの一日、満員のシネコンで『風立ちぬ』を見ながらふと寅さんシリーズのことを思った。寅さんシリーズは長いこと日本の正月とお盆の風物詩的存在だったけど、ひょっとしたら『風立ちぬ』も観客に同じように受け止められているのかもしれない。そんなふうに感じたのは、寅さんは喜劇、『風立ちぬ』はファンタジーとジャンルの差こそあれ、どちらもひたすら懐かしく美しかったから。

『風立ちぬ』はタイトルロールで「堀越二郎と堀辰雄に敬意をこめて」とクレジットされる。映画のなかで、ゼロ戦の設計者・堀越二郎は「飛行機は美しい夢だ」と言う。宮崎駿が飛行機(飛行物体)に偏愛に近い愛情を抱いているのは、宮崎アニメを見ている人なら誰でも知っている。それも、現代的な航空機でなく、できるだけ原始的なもの。手造り感のあるもの。ここでも二郎の夢のなかで、初期の飛行機設計家・カプローニが設計した三枚翼の飛行機が飛び立ったと思うとすぐ翼が折れて落下するシーンが出てきて、いかにも宮崎好みだなあ。

もう一方の堀辰雄の小説は、名作小説を読むのが青春の教養だった時代には多くの若者の心を捉えた。上流階級の空気を感じさせる軽井沢という舞台。当時は死病だった結核に罹った若者の、はかない生。高原の爽やかな風。そんなアイテムが、戦後の混乱と猥雑の時代にはすごく新鮮に感じられた。

そして、映画の冒頭から最後まで何度も出てくる蒸気機関車と、東京と田舎を結ぶ列車の窓外に広がる田園風景と自然。田舎の立派な日本家屋の佇まい。関東大震災で東京が火の海になるシーンも含めて、風景が美しい。

これらの懐かしく美しいものは、高度成長以前の時代を知っている者なら誰もが何らかの形で体験している。

僕自身のことを考えても、小学校時代はプラモデルの草創期で、ゼロ戦のプラモづくりに熱中した記憶がある。高校時代には『風立ちぬ』を読んだ。ガキのころ大宮から蒸気機関車に乗って北関東の温泉地(軽井沢じゃなかったけど)に出かけたとき、往復の窓から見た緑したたる風景は今も記憶に新しい。夏休みに母の実家(埼玉県羽生)に滞在した折の、離れと池のある和風建築は映画に出てくる家そっくりだった。

だから『風立ちぬ』は、見ているとひたすら懐かしい。でも、と思う。これまでの宮崎アニメとはなにか違う。『風立ちぬ』は、これまでの宮崎アニメに比べて美しいことの代償に切り落とされたものがあるような気がする。『ナウシカ』はもちろん、『もののけ姫』や『千と千尋』『ポニョ』にいたるまで、物語の上でもっと想像力をはばたかせ、フィクションとしての工夫がこらされていたような気がする。それにディープ・エコロジーとでもいうか、自然と人間の共生を願う思想の影がもっと大きかったような気がする。

それに比べると、『風立ちぬ』は宮崎駿自身の青春期の記憶と父親世代への思いといった、彼の地がもろに出ているのではないか。

宮崎駿自身この映画について、「美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少くない」と書いている。美しいものの背後に描かれなかったものがあることは、もちろん宮崎駿は知っている。ゼロ戦は二郎の「美しい夢」であるかもしれないが、戦争のための戦闘機であることはまぎれもない。映画の最後で、米軍の空襲で破壊された日本軍の航空機の残骸が描かれる。その残骸を超えて、二郎の「美しい夢」が作中に出てくるサバの骨のカーブを持った三角形の抽象物となって飛び上がり、やがて同じ形の物体が群れて空を飛んでいるのに混じってゆく。それは抽象物でありながら、トンボか鳥の群れのようにも感じられる。大空のなかで、「夢」が大自然と一体化してゆく。ファンタジーとしてはそれで完結するけれど、それを「美しい」と言ってしまうのはいささか抵抗がある。

菜穂子は「自分の美しい姿」だけを二郎に見せて姿を消す。その後には、死に向かっての苦しい病との闘いがあるのは当然のこと。宮崎駿は、その後の菜穂子についても一言も触れない。

別にそれが悪いと言っているわけじゃない。リアルな現実を描けと言ってるわけでもない。ファンタジーなんだから、それはそれでいい。でも、この映画に出てくるいくつもの矛盾(美しい夢が戦争機械でもあるような)から、あえて切り落としたものがあるために、映画を見た印象がひたすら懐かしく、美しく、それだけ映画が単色になったような気がする。映画を見た感触が何に似ているかといえば、ガキのころ読まされた正しく生きた人たちの陰影のない偉人伝に似ている。

二郎の夢のなかで、カプローニは「飛行機は美しくも呪われた夢」とも言う。美しいだけでなく、呪われたものとしての飛行機が(反戦的な意図でなくとも)出てくれば、映画の印象はもう少し変わったかも、と思う。

でも宮崎駿監督は、そんなことも分かった上で「美に傾いて」みせたのだろう。

エンドロールで、「作画」や「動画」の100人に及びそうなたくさんの名前がクレジットされる。ハリウッド映画なら、ここは同じような数でVFXのオペレーターの名前がずらっと並ぶはずだ。すべて手作業のアニメづくり。ここでもまた宮崎駿は「美に傾いて」いる。


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