豪雨・雷鳴のライブ
Yamashita Yosuke & Watanabe Sadao live
「日比谷野音90周年記念 真夏の夜のJAZZ」と題された山下洋輔スペシャル・クインテットと渡辺貞夫グループのライブに出かけた(7月27日、日比谷野外音楽堂)。
30度を超す真夏日、怪しげな黒雲、天気予報は夕立に注意。肌にまとわりつく蒸し暑い空気は、豪雨と雷のなかで演奏が行われたVSOP田園コロシアムの伝説のライブが頭を過ぎる気配だった。
まだ空も明るい5時半。山下洋輔トリオ(坂井紅介<b>、本田珠也<ds>)が登場して演奏を始めたときは、まだ青空が見えていた。2曲目で、アメリカから帰国したばかりの寺久保エレナ(as)が登場して自作の「ブルキナ」を吹きはじめる。へえ、こんな60年代ふうフリージャズをやるんだ。僕も初めてだったが、若いだけに一本気な音。初代トリオの中村誠一をちょっと思い出した。舞台袖では菊地成孔と渡辺貞夫が顔をのぞかせ彼女の演奏を聴いている。聴きながら、出番を控えた菊地は腕と脚のストレッチ。
3曲目は寺久保が引っ込んで菊地(ts)が登場。山下がMCで「誰でも知ってる曲をやります」と言うから何かと思ったら、菊地が吹きはじめたのは「大きなのっぽの古時計」。いやあ、いい音してるなあ。メロディをまずはストレートに吹き、次第にフェイクしながら咆哮に至るのはいつものこととはいえ、興奮します。
続いて寺久保、菊地(as)の2管で山下の曲「スパイダー」。山下がソロをたっぷり取る。若いころは山下のピアノに興奮するのが気持ちよかったけれど、最近は山下の音が実に美しいことに気づくようになった。こちらが変わったのか、山下自身も変わったのか。心地よく酔う。
休憩の後は渡辺貞夫グループ。山下洋輔と渡辺貞夫では同じジャズといっても演っている音楽がまったく違うけど、かつて山下が短期間とはいえ渡辺貞夫グループのピアニストだったからこそ実現した企画なんだろう。
ナベサダを最初に聴いたのは1968年、大塚の小さなジャズ・クラブ、ジャズ・ギャラリー8だった。アメリカからボサノバを持ち帰ったナベサダだけど、その日はストレート・アヘッドなジャズだった。菊地雅章<p>、稲葉国光<b>、渡辺文男<ds>のカルテット。1曲だけソロでビートルズの「イェスタデイ」をやり、メロディをそのまま吹いたのが実によくて記憶に残った。
それ以来、折にふれて聴いているけれど、渡辺貞夫の音は変わらない。音色がよくて、優しくて、温かくて。歳を取った今もその音は健在で嬉しくなる。今日のメンバーは塩谷哲<p>、養父貴<g>、コモブチキイチロウ<b>、ドラム本田珠也<ds>に、アフリカから来たンジャセ・ニャン<per>。アフリカ・テイストの乗りのいいジャズだ。
バラードをやります、といって吹きはじめたあたりから、急に冷たい風が吹き、黒い雲がたちこめてきた。やがてぱらぱらと雨が落ちてくる。強い風に周囲の樹木が騒ぎはじめ、木々のざわめきのなかに貞夫さんのソウルフルなバラードが響く。
次の曲は貞夫さんがアフリカでつくった「サンゴニ」。雨が熱帯のスコールのような土砂降りになる。雨具の用意をしていなかった客が席を立つ。スタッフがあわててピアノや機材にシートをかけてまわる。でも大部分の観客は用意の合羽を取り出して聴きつづけた(僕もゴアテックスの上下で完全武装)。稲妻が光り、雷鳴が轟く。いよいよ伝説のVSOP状態になってきた。
貞夫さんが「大分ひどくなってきましたね。でもやりたい曲もあるし。どうしましょう」と問いかけると、客席はそろって「ゴー!」。ハイになった前列の何人かが踊りはじめた。稲妻が光り周囲が青白くなった瞬間、ばりばりとすさまじい音。近くに落雷したらしい。でも音楽が一瞬も揺らがなかったのはさすが。ギターとベースはエレキだからヒヤッとしたかもしれない。
雨はいよいよ激しい。再び貞夫さんが「アンコールも準備してあるんだけど……」とMCすると、ここでも観客は「ゴー!」。全員がステージに上がった。異質なふたつのグループが一緒にやるのは、当然のことながらストレートなジャズ。バップふうな曲(タイトル思い出せない)を全員がテンション高く演奏し、雨と雷にかかわらず8割方が最後まで残っていた観客も大満足でした。
家へ帰ってニュースを見たら、秩父宮ラグビー場でやっていたNEWSのコンサートは中止になり、70人以上の少女が低体温症や過呼吸で救急車のお世話になったとか。こちらはしっかりアンコールまでやり、もちろん救急車も来なかった。この差はなんなんだろう。
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