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June 29, 2013

『嘆きのピエタ』 スラムの聖母

Pieta
Pieta(film review)

『嘆きのピエタ(英題:Pieta)』の舞台になっているのは、ソウルの町中を流れる小さな川、清渓川(チョンゲチョン)沿いの街。清渓川は今は両岸が遊歩道として整備され、僕も4年ほど前にちょっとだけ歩いたけど、若いカップルの散歩道として人気になっている。

でも1960年代まではこの川岸に朝鮮戦争避難民たちが住みついたスラムがあり、小さな家屋や家内工業の工場がひしめいていた。その後、スラムは撤去され川は暗渠になってその上に高速道路が建設されたが、2000年代に入って都会に自然を取り戻そうと川の復元工事が進められた。

キム・ギドク監督の映画は常に低予算でつくられるから、セットではないだろう。この映画は、今も一部に残っているにちがいないかつてのスラムで撮影されている。車の入れない狭い路地がくねり、粗末な家々にはプレス機や圧延機が一台だけ置かれ、人びとはそれで辛うじて生計を立てている。キム・ギドクもかつてこの街で労働者として働いたことがあるという。

主人公ガンド(イ・ジョンジョン)は狭いアパートに住む孤独な取り立て屋。利息があっという間に元金の10倍になる闇金融に使われる彼は、借金を払えない人間に保険をかけた上で不具にして保険金を巻き上げる。そんな日々を送るガンドの前に、30年前にガンドを捨てて悪かったと、母を名乗る女(チョ・ミンス)が現れる。アパートに上がりこんだ女をガンドは脅し、暴力をふるって試すが、女はガンドに謝り、愛していると言いつづける。

キム・ギドクの映画に通底しているのは、人の思いの深さ、激しさだと思う。人があることを、あるいは誰かを思う。その思いがあまりにも深く、激しすぎるために社会の常識や日常的な人間関係を突き破り、時に犯罪や殺人として噴出する。キム・ギドクはそうした行為の異形の美を描いてきた。見る者に、時に強引なストーリー・テリングや常識を突き抜けた思いの深さを納得させるのは、画面に滲み出るひりひりするような肉体感覚や逆撫でする皮膚感覚の鋭さ故だ。

ガンドが借金を払えない男の手をプレス機に置いて、手を切断しようとする。シャツを圧延機に巻き込んで腕をつぶそうとする。それ以上の描写はないけれど、画面は直接的な描写以上に激しく肉体の痛みを予感させる。ガンドによって車椅子になった男が首吊り自殺に使う鈎手の生々しさ。

ガンドが自分の腿の肉を切り取り、それを母を名乗る女の口に入れ、俺を捨てたのなら、そして俺を愛してるなら食ってみろといわんばかりに生肉を食わせる。女の陰部に手を突っ込み、「私はここから出てきたのか? ここへ帰れるのか?」と問う。キム・ギドク以外ではありえないシーンの数々。

(以下、ネタバレです)女のガンドに対する贖罪と愛に接しつづけるうち、ガンドは女を母として愛しはじめるようになる。が、映画の後半、女はガンドによって自殺に追い込まれた男の母であることが明らかになる……。

女は復讐のためにガンドに近づいた。自分を母と思わせ、自分を愛させることによって、愛する者を失うことの絶望の深さによってガンドに復讐しようとした。でもガンドが女を愛したように、女もまたガンドを愛しはじめたようにも見える。

そんな人と人の激しい思いが絡みあっているからこそ、ラスト直前、女と自殺した息子とガンドが墓穴に横たわるのを俯瞰したショット、ラストでガンドが不具にした男のトラックの下に自らを鈎手で吊るすショットがなんとも美しい。

キム・ギドクはここ数年映画をつくれなかったブランクがあり、最後の劇映画『悲夢』の出来もいまひとつだったけど、この映画は初期の『悪い女 青い門』『魚と寝る女』『悪い男』といった傑作群を彷彿させる。

「ピエタ」は、死して十字架から降ろされたキリストを抱く聖母マリア像のこと。「聖母」を演ずるチョ・ミンスが、無表情のうちに微妙な感情の揺らぎを感じさせてすばらしい。2012年のヴェネチア映画祭金獅子賞を受賞した。

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June 27, 2013

展覧会ふたつ

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Moriyama Daido photo exhibition

初めて竹芝のギャラリー916へ。竹芝桟橋そばの元倉庫がギャラリーやスタジオになっている。広々したスペースで面白い展示ができそう。

いまやっているのは森山大道「1965~」展(7月20日まで)。有名な作品だけでなく、1960~70年代撮影の今まで見たことがないイメージをいくつも見られたのが収穫。

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ロビーのベランダからは海が見える。

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銀座へ出て、教文館ウェンライトホールで「<岩波写真文庫>とその時代」展(7月8日まで)。名取洋之助の写真に対する考え方(僕は必ずしもいいと思わないけど)がシリーズの隅々まで貫かれているのがよく分かる。

河原で家族団欒の写真を撮影中のスナップが展示されていた。急ごしらえの脚立に乗って撮影しているのが木村伊兵衛、脚立を押えているのが名取と長野重一(多分)、被写体は写真文庫のスタッフとその家族というのが微笑ましい。

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June 23, 2013

嶋津健一トリオを聞く

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Shimazu Kenichi Trio live

久しぶりに嶋津健一トリオを聞く(6月22日、赤坂・Relaxin')。

この日は友人のU夫妻を誘って。Uは高校の同級生で、僕にジャズを教えてくれた”恩人”。高校2年のとき、Uの家に遊びに行ったらオスカー・ピーターソンの「ナイト・トレイン」を聞かせてくれた。それがきっかけで、フォーク少年だった僕はジャズにのめりこむことになった。彼ともうひとりの友人と、授業を抜け出して日暮里のゆうやけ段々(当時はそんな名前はなかったけど)にあったジャズ喫茶「シャルマン」に行ったこともある。Uに教えられて有楽町のジャズ喫茶「ママ」に出入りするようにもなった。

嶋津健一はここ数年「コンポーザーズⅠ・Ⅱ」という2枚のアルバムを出していて、Ⅰではミシェル・ルグラン、Ⅱではジョニー・マンデル、2人の作曲家の曲と自作の曲を半分ずつ演奏している。今夜はジョニー・マンデルの曲から入る。自作の曲を織りまぜながら、ウェイン・ショーター、アントニオ・カルロス・ジョビン、チック・コリア(「私にはめずらしく」とMCしていたが)といったプレイヤーの曲を、ミディアム・テンポやバラードで。後半はリクエストに応えてスタンダードも何曲か。

なかでもジョビンの「ポートレート・イン・ブラック・アンド・ホワイト」は絶品でした。嶋津の得意なバラードで入り、たっぷりソロを聞かせた後、ボサノバに変わる。ライブが終わった後、ジョビンが良かったと伝えたら、あと数曲ジョビンの隠れた名曲を探しだして「コンポーザーズⅢ」をつくろうかな、との答え。期待してしまう。

バックで悠然とした林正男(b)、若くてキレのよい今村健太郎(ds)のサポートも、いつもながらすばらしい。


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June 21, 2013

ムクゲ咲く

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a rose of Sharon is in bloom

ムクゲが咲いた。漢字で無窮花と書くように、これから夏の終わりまで、毎日花を咲かせつづける。もっとも、ひとつひとつの花の命は短く、せいぜい2、3日。

ムクゲにはいろんな色があるけれど、この白い花弁で芯が朱色のやつがいちばん好き。

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額アジサイ。これは植えて5、6年だけど勢いがよく、玄関への道をふさいでしまいそう。

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こっちのアジサイは隣家との境にあり、塀の工事をしたときに根を一部削ってしまった。それ以来、元気がないが、花の色や姿がとてもいい。

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June 18, 2013

ノウゼンカズラ咲く

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flowers of trumpet creeper

ノウゼンカズラの花が一斉に咲いた。ノウゼンカズラは漢字で凌霄花と書く。霄(空)を凌ぐように高く咲く花ということらしい。

20年ほど前、庭木の根元に植えたら、あっという間に蔓がまとわりつき、這いのぼり、親木を押さえつけるように高くなってしまった。その生命力と橙色の花の妖しい気配が好きだ。

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June 16, 2013

台風に向かって

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a trip to Atami Spa

台風が伊豆半島沖に停滞していた日、東海道線に乗って熱海のさる健保組合寮へ出かけた。東京駅では曇り空だったけど、小田原を過ぎると沖の黒雲が大きくなってくる。

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熱海駅前にこんな溶岩(?)のモニュメントがあったんだ。温泉の蒸気が雨空に消えてゆく。

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部屋の窓から。錦ケ浦も低い雲がかかっておぼろ。

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翌朝。台風は熱帯性低気圧に変わり、雲間から光が射す。

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June 12, 2013

青梅ジャムをつくる

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making Japanese apricot jam

3日前に収穫した青梅のうち半分はハチミツ漬けにしたので、残りでジャムをつくった。

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青梅をぬる湯でゆっくり茹でて冷やし、種を取る。梅の香りが一面に漂う。

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叩いてペースト状に。

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じっくり煮込みながら砂糖を加える。レシピの砂糖の量が半端じゃなかった。ジャムは砂糖を食べてるようなもんだと改めて知る。レシピの半分に抑えて、酸っぱさの強いジャムにする。このほうが好み。

以前に買った梅ジャムは完熟梅を使ったものなので黄橙色をしていた。もう少しきれいな黄緑に仕上がるかと期待してたんだけど、自家用だから問題なし。

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June 09, 2013

青梅の収穫

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gathering in fruits of a Japanese apricot

梅の実を収穫する。今年は数も多く、実も大きい。全部で2.5キロほどある。

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傷のないものを選び1キロほどをハチミツ漬けに。いつもなら梅酒にするんだけど、以前つくったのがまだ飲みきれていない。残りはあと数日、熟すのを待ってジャムにするつもり。

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June 01, 2013

内藤五琅展へ

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Naito Goro a Japanese style painting exhibition

ご近所の飲み仲間、日本画家・内藤五琅さんの個展へ行く(~6月4日、日本橋三越本店美術画廊)。

内藤さんが一貫して描いているのは鳥。日本全国を歩いて野鳥を観察し、メジロなど日ごろ見慣れたものからオオワシのような希少な種まで、鳥たちを風土のなかで捉えている。近所の別所沼で描いたツバメも展示されている(1カ月ほど前、散歩していて別所沼でばったり出会った)。

内藤さんの後ろに見えるのは「闇の神」と題され、北海道の知床で描いたシマフクロウ。大型で、北海道にしかいない種だ。闇のなかをじっと何時間も待って観察したそうだ。やってきたシマフクロウが羽ばたく瞬間。黒一色ではない闇と、その闇の森に君臨する生命の神々しさが素晴らしい。日本画の色と視覚には洋画とは別のリアルがあるように思う。

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オオルリ(案内の葉書より)


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