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May 24, 2013

『ビル・カニンガム&ニューヨーク』 スナップの流儀

Bill_cunningham_new_york
Bill Cunnigham New York(film review)

ビル・カニンガムはニューヨークの写真家。『ニューヨーク・タイムズ』で路上ファッションを記録する「オン・ザ・ストリート」や夜毎のパーティー参加者を撮った「イブニング・アワーズ」を50年にわたって担当している(ウェブ版でも見ることができる。最新の「オン・ザ・ストリート」は脚の装いを特集していた)。『ビル・カニンガム&ニューヨーク(原題:Bill Cunningham New York)』は彼を10年かけて追ったドキュメントだ。

朝、カーネギー・ホール上層階のスタジオに住む84歳のカニンガムは、愛用の自転車に乗って街に繰り出す。この日向かったのは5番街と57丁目の角。ニューヨークは、僕の印象ではパリのように誰もが自分に合ったファッションを楽しんでいる街じゃない。よれよれのTシャツとジーンズを気にせず歩いている人のほうが多数派かもしれない。その一方で、すれ違う皆が振り返る新奇なファッションに挑戦する人の数が多いのがニューヨークだし、素晴らしくシックなファッションを着こなしている人もいる。

その意味で、ティファニーやトランプ・タワーのそば5番街と57丁目の角は、この街でいちばんファッション感度の高いところだろう。カニンガムはその交差点の角に立って道行く人々をスナップしはじめる。カメラはニコンの旧型フィルム一眼レフ。

アメリカは肖像権にうるさい国だけど、映画を見ている限り声をかけることがある一方、黙って撮っていることもあるみたいだ(別の場所でアフリカ系通行人に「カメラをぶっ壊すぞ」と言われてた)。かつて写真雑誌を編集していた当方、トラブルはないんだろうかと心配してしまう。

以前、高名な写真家がこの町で路上スナップする傍らで、助手が承諾書片手に被写体にサインをもらっていたと読んだことがあるけれど、そんなこともなさそうだ。もっともカニンガムの撮る写真は愛にあふれているし、『ニューヨーク・タイムズ』の名物ページに掲載されて喜びこそすれ怒る人間はいないのかも。

路上撮影を終えたカニンガムは、ニューヨーク・タイムズのオフィスに向かう。現像の上がったフィルムを見て候補をチェックする。それをスキャンして、担当者とモニターを見ながらあれこれ構成を考える。カニンガムは孫のような歳の担当者と互いに意見をぶつけあう(後で出てくる誕生祝いの社内パーティで、彼は「ここにいる全員とケンカしたよ」と挨拶してた)。

夜、パーティに出かける前にカニンガムは社内で簡単な食事を取っている。パーティーでは水一杯飲まないのが彼の流儀。出かけるのはドラッグ・クイーンが集まるパーティーから上流社交界のパーティまでさまざまだ。6年前105歳で亡くなった社交界の元花形ブルック・アスターも映っている。ブルックは建国初期からの大富豪アスター一族の御曹司未亡人で、相続した莫大な財産を寄付する慈善活動で有名だった(息子が認知症のブルックから財産を盗んだスキャンダルも有名)。映画に映るブルックはまだ元気にスピーチするお婆さんだ。

人びとは着飾っているのに、それを撮るカニンガム自身が着ているのはパリの路上清掃人の青い上っ張り。パーティーが終わると、その上に路上工事の作業員が着ける蛍光ベストを着て自転車でスタジオへ戻る。走る車の前を横切って怒鳴られたり、カニンガムの運転はけっこう危なっかしい。自宅の狭いスタジオはフィルムを納めたキャビネットであふれ、寝るスペースがあるだけ。バス・トイレも共用で、独身だから部屋で食事することもない。

これがカニンガムの1日。来る日も来る日も、これを50年つづけているんだからすごい。「僕は仕事をしているんじゃなく好きなことをやってるだけ」だからこそ(若い頃は撮影料を受け取らなかったこともある)、こんなに長い時間を持続できるんだろう。

ファッション写真家だから、ファッション・シーンも撮る。ショーの撮影で、ほとんどのカメラマンはランウェイ正面に三脚を据えて撮るけれど、カニンガムは脇に座ってここでも手持ちでスナップ。路上やパーティーはもちろん、中判カメラを使うことの多いファッションでも彼のやり方で押し通す。「ファッションは生きのびるための鎧のようなもの」と語るカニンガムにとって、ショーも「商品」として撮っているのではないみたいだ。だからこそスナップなのであり、それこそ彼が意識的に選んだスタイルなんだろう。

スナップショットを撮るとき、写真家は街の空気や音、匂いやリズムに敏感に反応し、街と一体化する。だからカニンガムが50年にわたって路上で、パーティーで、ファッション・シーンで、上流階級から普通の人々まで階層を横断して撮った写真の総和は、ほとんどニューヨークという街に等しい。なんともうらやましい生き方。こういうジイサンになりたいもんだ。

リチャード・プレス監督の長編第1作で、製作、撮影、編集はいずれもニューヨーク・タイムズのスタッフ。

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Comments

理想的な生き方ですよね。
好きなことをしてきて認められて、それでずっと生きていけること。
大変かもしれないけど、レベルが高く、そして楽しくないとできない仕事なのでしょう。

Posted by: rose_chocolat | May 27, 2013 02:01 PM

ビルは帽子のデザイナーだったわけですよね。それがオリンパス・ペンをもらって写真を撮り始めて、それが仕事になっていく。

同じファッション写真家でもアベドンとかペンのように「作品」をつくるのではなく、ビルの写真はファッションとそれを着る人たちが見せる瞬間的な表情にフォーカスを当てているのに好感を持ちます。

Posted by: | May 28, 2013 10:54 AM

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