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May 09, 2013

『天使の分け前』 泥棒の倫理

The_angels_share
The Angels' Share(film review)

以前、ケン・ローチ監督の『SWEET SIXTEEN』を見たことがある。服役中の母が出所するのを機に家族そろった生活を夢見る15歳の少年が心ならずも麻薬の売人になり、そこから抜け出そうともがきつつ人を刺してしまう。悲しい結末の映画だった。

この映画をネガとすれば、『天使の分け前(原題:The Angels' Share)』はポジ。主人公のロビー(ポール・ブラニガン)も彼をつけねらう男の首にナイフを突きつけ、刺しそうになるが、ぎりぎりのところで思いとどまる。下層社会に育ち犯罪に巻き込まれた少年が自滅していく姿をリアリズムで描いたのが『SWEET SIXTEEN』なら、辛うじて踏みとどまり新しい人生を始めるまでをユーモアたっぷりに描いたのが『天使の分け前』。

ローチ監督は一貫して階級社会イギリスの底辺に生きる人間に目を向けてきたけれど、初期作品には過酷な現実を直視したものが多いのに対して、最近は前作『エリックを探して』のように笑いを交え希望に満ちたラストで終わる作品もつくるようになった。映画のもつ社会的力について、ローチ監督の考えも年とともに多様になったということだろうか。

ロビーはドラッグをやって少年に暴行を加え、刑務所へ行くかわりに社会奉仕活動を命じられる。子供が生まれたロビーは過去を断ち切り、新しい生活を始めることを妻に誓う。奉仕活動のコーディネーター、ハリー(ジョン・ヘンショー)はロビーを自宅に呼んで、趣味であるウィスキーのテイスティングを教える。ロビーは3人の奉仕活動仲間とテイスティングにのめりこみ、秘められた才能を開花させる。スコットランド北部で100万ポンド(1億4000万円)の値がつく貴重なモルトの樽が見つかり、競売にかけられることを知ったロビーは仲間とヒッチハイクで出かけて……。

「天使の分け前」とはウィスキーが樽で熟成される間に年2%蒸発する、その2%分を指すそうだ。天が自然の摂理によって美味なウィスキーを人間に贈ってくれる。蒸発する2%は、そんな人類へのプレゼントを贈ってくれる天使の取り分ということだろう。映画ではその2%をロビーたち4人が得、ローチ監督はそれを「天使の分け前」と呼んだ。

ロビーたちがやった行為はありていに言えば盗みであり、法に反する行為にほかならない。それがなぜ「天使の分け前」なんだろう。

映画には泥棒ものというジャンルがある。『オーシャンズ11』や、古いところで『ピンクパンサー』とか『トプカピ』、『オーシャンズ11』のオリジナル『オーシャンと11人の仲間』もあった。アニメの『ルパン3世』もある。こうした泥棒もので盗みはゲームであり、盗む側と盗まれる側の知恵比べがテーマになる。だからその行為の善悪はとりあえず棚上げされている。『オーシャンズ11』や『ルパン3世』を見て、それは法に触れるでしょ、と言うのは野暮というもの。首尾よく宝石や王冠を盗めば、見る者は胸のすく思いで喝采を送る。それがジャンル映画のお約束。

でも『天使の分け前』は泥棒もののジャンル映画じゃない。映画前半はロビーたち下層階級の男と女が犯罪を犯し、そのために苦闘する姿をユーモアたっぷりだけどリアリズムで描写する。後半はお約束のジャンル映画に近くなるけれど、前半でリアルな現実を突きつけらているから、見る者は後半の2%の泥棒を単純なゲームとは受け取れない。ということは、ここでは善悪が棚上げされているわけではない。

僕には、ケン・ローチ監督はそのことを踏まえて「天使の分け前」というタイトルをつけたように見える。監督はあからさまには言ってないけれど、ウィスキーひと樽に1億円以上出すアメリカやロシアの富豪に対して、ロビーたちがきちんと生きる資金として2%をちょうだいするのは天が認める行為であり、「天使の分け前」と呼んで構わないのだと。それは誤読、あるいは深読みにすぎるだろうか。でも僕にはそれがケン・ローチ監督の真骨頂に思える。

それにしても、スコッチのモルト・ウィスキーにもワインと同じようなテイスティングがあり、ワインと同じような形容詞を使って語るのは面白かった。僕はグレンフィディックとかマッカランくらいしか飲んだことがないけれど、今度飲むときはテイスティングしてみよう。

銀座テアトルシネマの閉館が発表され、最後の作品。最後ということもあってか場内は混んでたけど、単舘ロードショー系の映画館が少なくなっていく流れは止まらない。同じ銀座で閉館が決まったシネパトスはB級ムービーの殿堂だったけど、映画好きな大人の観客が減っているということなのか。


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Comments

世知辛い世の中で、金持ちだけが富をせしめてるんだから、「天使の分け前」くらいもらったっていいじゃないか? っていうケン・ローチ監督の嘆きにも近いユーモアがよかったですね。

善悪を言い出したらきりがありません。それを問い質す作品ではないでしょう。
最も、ロビー以外の3名はあの後どうなるかは簡単に予測がつきます。
ロビーだってあのまま一件落着とはいかない香りもぷんすかしませんか? 笑
それでもいい、きっかけだけはつかませてあげようよ、っていうお情けでしょうね。
銀座テアトルの閉館とも微妙に重なって、クロージングとしては上手いチョイスだと思いつつも、複雑な気持ちでした。

Posted by: rose_chocolat | May 09, 2013 at 02:37 PM

嘆きに近いユーモアで、善悪を問いただす作品ではない。roseさんおっしゃるとおりだと思います。ただ、映画を見ていていわゆる泥棒ものじゃないなと感じて、あえて誤読(深読み?)してみました。

テアトルの最後の特集上映ラインナップを見て、ここにはずいぶんお世話になったなと思いました。

Posted by: | May 10, 2013 at 11:02 AM

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