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May 07, 2013

『ホーリー・モーターズ』 カラックス脳内映画館

Holy_motors
Holy Motos(film review)

長~い車体をもつ白色のリムジンが映画の舞台になっている映画を立てつづけに2本見た。デヴィッド・クローネンバーグの『コズモポリス』とレオス・カラックスの『ホリー・モーターズ(原題:Holy Motors)』。僕はクローネンバーグが好きでおおよその作品は見ている一方、カラックスはちゃんと追いかけてないんだけど、今回はカラックスのほうが圧倒的に面白かった。

『コズモポリス』のリムジンは、若くして投資会社を成功させた富豪のオフィス、というより城、あるいは母の胎内のようなもの。リムジンに客を入れて商談し、愛人とセックスし、車内で排泄もする。暗殺者が主人公の命を狙ったり、反ウォール街のデモ隊の男が死んだネズミを投げつけ「今日からネズミが通貨になった」と叫んだり、部分的にはすごく面白いんだけど、全体としては退屈な作品だった。

『ホリー・モーターズ』と比べるとき、その面白さの差は映画(motion picture)の基本的な要素である運動(motion)にあると思う。運動という言葉を広く考えれば、この映画は世界通貨がドルやウォンから死んだネズミに移行する予兆を捉えた運動の映画と言えるかもしれないけれど、いま言っているのはそんな観念的なことでなく、物理的空間的な運動のこと。アクションと言い換えてもいい。『コズモポリス』には面白いアイディアや設定はあっても、映画の基本である運動が乏しかった。

『ホリー・モーターズ』は、この作品が映画についての映画であり、映画の核は運動であることを最初から明らかにする。冒頭、舞台上で男が踊るように動く連続写真(というか、コマ落としの映画)の映像が流れる。19世紀、連続写真を撮影する機械、写真銃を発明したエティエンヌ=ジュール・マレーが撮った映像だ(マレーには『運動』という著作もある)。このマレーの連続写真のアイディアが、後に映画へと発展する。

それにつづいてレオス・カラックス本人が登場し、指先が金属製の鍵になっているカラックス(この映画はリアリズムではない、ということですね)がその指で秘密の扉を開けると、暗い映画館のなか。スクリーンではキング・ヴィダーのサイレント映画『群集』が上映されている。その後で主人公・オスカー(ドニ・ラヴァン)が登場する。ドニ・ラヴァンはカラックス初期の3本の映画に主演して3作ともアレックスという同じ名の役を演じ、監督の「オルター・エゴ」と呼ばれる。いわばカラックスの分身。

オスカーは白いリムジンでパリの町から町を移動し、車内でメイクし衣装を着けてクライアントが求める役柄を演ずる。早朝から深夜までにオスカーは11の役柄を演ずる。『ホリー・モーターズ』は、言ってみればカラックスの脳内映画館のようなものなんでしょうね。

例えばひとつの役柄で、全身をタイツでおおい表面にたくさんの光源をつけたオスカーがモーションキャプチャーというのかな、アニメーションの動きの素材になる男女の絡みを演ずる。闇のなかで夜光虫のようにエロティックにうごめく男と女の運動が、先ほど見たマレーの連続写真に重なってくる。物語性なしの純粋な運動の美しさ。

例えばメルドという役柄は、カラックスの前作『TOKYO!<メルド>』の主人公・メルドそのまま。『ノートルダムのせむし男』を連想させる怪異なメルドがパリのマンホールから下水道にもぐったり、花を食いながら墓場を走ったり、運動しつづける。メルドが走るシーンにおなじみの『ゴジラ』のテーマ音楽が流れる。墓場では撮影中の美女(エヴァ・メンデス)を誘拐して地下の洞窟に連れ込む。カメラマンはメルドを見て、『美女と野獣』のような写真のモデルになってくれと頼む(フリークスを撮影した写真家、ダイアン・アーバスの名も出てくる)。過去のいろんな映画や映像の記憶が重ねられる。

閉館し廃墟となったデパートのなかで、オスカーとエヴァ(カイリー・ミノーブ)が対話するエピソードも素敵だ。19世紀ふうに装飾された階段を上下して、見上げたり見下ろしたりの映画的運動をうまく使い、さらに屋上へ移動してパリの夜景を背景に「私たちは誰だったの?」と会話を交わす2人がなんとも美しい。エヴァが突然歌いだしてミュージカルになったりもする。

深夜、アパートメントで夜を過ごす最後の役柄の設定には笑ってしまう。オスカーを送り届けたリムジンが「ホリー・モーターズ」の車庫に戻る。HolyはHollywoodのもじりで、リムジンそのものが映画の比喩なんでしょうかね。これでカラックスの脳内映画舘も終るのかと思ったら、同じように一日を働いたリムジン同士がしゃべりだし、おやすみの挨拶を交わしたのには思わずディズニー映画を思い出してしまった。

僕は古い映画ファンだから物語がしっかりした映画を好むけれど、この映画は物語性の代わりに運動やアクションの魅力がいっぱいで、それを見ているだけで実に楽しい。運動やアクションは、カラックスがこの映画でオマージュを捧げたように映画の基本なのだから。


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